銀河

11

「洋さん、トミさんが倒れました」
 九月に入って最初の月曜日の朝、出勤した洋が指導員室に入るとすぐに、介護員から連絡が入った。洋はすぐに「もも」の部屋に向かった。トミさんは眠っているようだった。兼吉さんらしい人が、トミさんのベッドから少し離れて椅子に座っている。
 洋は看護婦の陽子さんの話を聞いた。
「心筋梗塞だと思うけど、いまは発作が治まって、これから先生に診てもらいます。洋さん、家族に連絡してくれますか」
 洋は電話で家族に連絡をし、駆けつけた主治医の田所先生が診察を終えるのを待って、トミさんの容態を尋ねた。田所先生は楽々園の理事長で、入居者の主治医も務めている人だ。今年七十歳になるという、大柄でゆったり構えた、いかにも頼りになりそうな先生の答えは、あまり芳しいものではなかった。
「トミさんは、入所前から心臓を病んでいて、不整脈もあり、心筋梗塞の既往もある。これから発作をくり返すことになるかもしれないな」
 この田所先生の話を聞いて、洋は、胸の奥がチリチリ痛むのを覚えた。

 その日の夕方、トミさんは田所先生の病院に入院した。入院するトミさんを、兼吉さんが玄関まで見送りに出た。
「ねぇ、松武さん、私、もう帰って来れないかもしれないわよ」
 と、ストレッチャーに横たわっているトミさんがか細い声で言うと、兼吉さんは、
「大丈夫だ」
 と、一言ボソリと言った。
「トミさん、兼吉さん見舞いに来てくれるって」
 ストレッチャーを押している看護婦の陽子さんが、トミさんを慰めた。

 トミさんを乗せた搬送車は、病院に向かって走り去った。

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