銀河

15

 正月が明けて間もなくの資格試験が済んで、ユリの就職が決まった。ユリは、求人のあった二、三の病院と施設を見て回った。そのうちの、ある病院が気に入って、人事担当者から内定をもらってきたという。その、いとも簡単な就職の決まり方に、洋は驚いた。
「就職、就職って、先輩とか先生に脅されてたんだけど、試験もなくて、よかった」
 と、ユリは大喜びするふうでもなく言ったものだ。そういえば、資格試験のときも、ユリは特に神経質になっている様子は見せなかった。
「国家試験終わった。これで思いきり遊べるぞ」
 と嬉しそうに言っただけだった。

 二月に入って、ユリは、新しい生活を始めるための部屋を借りた。その部屋は、洋の部屋とほぼ同じ広さだった。ユリとともに初めて訪れたとき、洋は、その部屋にどこか寒々としたものを感じた。それは、家具も何もない、ガランとした部屋だったせいかもしれない。
 ベランダに面した大きな窓の外には、広い畑があるという。その畑の向こうを電車が走って行く音が聞こえた。その車輪の、何ものかを断ち切って行くようなカシャンカシャンという音が洋の耳に響いた。ここは、若いユリが住むには、そして自分が通ってくるには、遠くて寂しい所だと洋は思った。

 しかし、ユリはとても快活だった。学生生活を終えて社会人としてのスタートを切ることが、ユリを昂らせていた。
 ユリは部屋を歩き回って言った。
「洋の部屋みたいに新しくないけど、仕方がないな。ここにラックを置いて、ここに何がいいかな、冷蔵庫と洗濯機を置いて。そうだ、冷蔵庫と洗濯機とカーテンを買いに行かなくちゃ、あれだけは無いと生活できないから」
 ユリの弾む声が、寒々とした部屋の印象をかき消した。
 三月、郷里から上京した母親に手伝ってもらって、ユリは寮からアパートに引っ越した。洋は、手伝いに行かなかった。ユリはそれを洋に求めなかったし、洋も、手伝いに行くとは言わなかった。目に銀河を宿した洋には、思うように手伝えないこともあった。それとともに、学生生活を終えて社会人になろうとしているユリの、どことなく不安定な感じが、洋に、ユリの母親に会う決心をためらわせた。


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