ノンちゃんスイスへ行く

         作:横浜に住む、旅行とお芝居の大好きなノンちゃん

ノンちゃんスイスへ行く 【その1】  

 ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、私ノンちゃんは海外旅行が大好きなんです。で、今回のスイスツアーがなんと10回目の海外旅行。ミレニアムの今年、記念すべき10回目とは・・・、べつにねらったわけじゃありませんが、なんだかおめでたいと思いませんか? 

 スイスといえばやっぱりアルプスの少女ハイジ。小学校1年生のときにあのカルピス子ども劇場で見て感動して以来ずっとあこがれの国でした。そんな私の期待は、やっぱり行ってみても予想を上回るものでした。

 スイスへは直行便で約12時間もかかるので、四泊六日ではあっという間でもったいない気もしましたが、そこは普段の行いのいい私たち、天がばっちりみかたをしてくれ、すばらしい景色と新鮮な空気をおもいきり感じる満足の旅をすることができました。

 出発は9月14日の朝。関空で皆さんと合流するため、まずは羽田から飛行機に乗ります。朝早いフライトにもかかわらず、連休前の空港は思いのほか混雑していました。そんな人込みの中、ツアーの間、行動をともにする3人が無事に顔合わせ。私の10年来の友人で良きお姉様、かつ今回のツアー参加者中唯一の知り合いのHさんと、初対面で私たち二人の視覚障害者のサポートを快く引き受けて下さったTさんです。

 3人がそろい、話がはずめば、いよいよスイスへの思いは高まり気分が盛り上がります。関空で集合時間を待つ間にスイスフラン(1スイスフラン=約65円)に両替すればもう心は出発進行!

 参加者の内8人の方が使用する車椅子を1台ずつエレベーターに乗せなければならないなんていう関空の設備のお粗末さにがっかりしたり、機内食のなんとも甘い味付けの牛どんにびっくりしたり、座りつづけることに疲れて足を座席に載せたりガチガチに凍ったアイスクリームをバリバリ食べたりしているとようやくチューリッヒへ到着です。日本との時差はマイナス7時間、飛行機で飛んでいるあいだ中、明るかったので、空港から滞在地のグリンデルワルトへ向かう間にだんだんと夜が訪れたのに妙に感動してしまったのは私だけでしょうか?  

  途中で寄ったドライブインで買った500mlのヨーグルトドリンク入りペットボトルをかかえ、死ぬほど眠い目をこすりながらお部屋の鍵を受け取り長かった1日は終わりを告げました。「明日天気になあれ」と真剣に祈りながら深い眠りについたのでした。

ノンちゃんスイスへ行く 【その2】

 朝目覚めるとなかなかの天気。これならユングフラウヨッホでの観光も十分期待できそうです。朝ご飯を食べるレストランからも間近に山々が見え、本当にスイスにきたんだという実感がわいてきます。パンも美味しいし、ヨーグルトも美味しいし・・・。

 このツアーの間ベルンのバヅ会社からきてくれている車体の長〜いリフト付きバスに乗り込み、ホテル近くにあるグリンデルワルト駅へ。ここからは登山電車に乗って、トップ・オブ・ヨーロッパと呼ばれるユングフラウヨッホ(3454ネートル)へと向かいます。すぐ近くのグルント駅まではやや下りの道を進み、そこでぐるんと(決してしゃれじゃありませんよ、ねんのため)方向転換をし、あとはいっきに急傾斜を上って行きます。

ハイキングを楽しむ人々や、牧草地で遊ぶ牛たちの姿を見ながら進んで行くと、やがてかの有名なアイガーの北壁がそそり立っている様子が見えてきます。窓を開けていると、少し冷たいけれどとても気持ちのいい風邪がいっぱい入ってきてくれます。

 途中の乗換駅フライネシャイデックに着くと、もうそこは最高の景色。正に山に囲まれたスイスそのものの風景が、真っ青な空とともに私たちを迎えてくれます。ガイドさんの「あれがアイガー、次がメンヒ、ユングフラウ。そしてソフトクリームのように見える真っ白な山がシルバーホルンです。」という説明を聞きながらまぶしくてたまらない目を一生懸命開けようとするのですが、やっぱり太陽が近いせいか、はたまた空気が奇麗なせいか、とっても大変です。

 ここでしばし記念撮影などをした後、少し早めのお昼ご飯となりました。外に置かれたテーブルにつき、むしゃむしゃと食べ始めたのは、あったかくて美味しい野菜のスープ、山のようなポテトと長いソーセージとちょっぴり甘いカスタードプリン。同じテーブルを囲んだ皆さんと自己紹介をしたり、モンゴルツアーのときの感動的なお話を聞きながらの楽しい一時となりました。

 ちょっと予断になりますが、モンゴルでのお話というのは、現地の人がとても素朴で優しく車椅子を押して一生懸命坂道を登ってくれたりしてくれたそうで、「リフトつきのバスがあるかどうかとかそんなことじゃなく、人の力ってほんとにすごいんだ」としみじみ語られていました。そんな話を聞くと、感激やさんのノンちゃんはますますモンゴルへの憧れを強くせざるをえなくなったのでした。

 さて、お腹がいっぱいになって少し眠くなってきた私たちを乗せて、電車は最高地点のユングフラウヨッホ駅を目指してさらに上って行きます。途中、2865メートルのアイガーバンド駅と3160メートルのアイスメール駅に5分間停車するのですが、このときのアナウンスがなんと7カ国語でされるのにびっくり。英語、フランス語などとともに日本語は勿論、ハングルが聞こえてきたときは、なんとも不思議な感じがしてしまいました。さすが世界有数の観光地ですね。

 ほとんどトンネルの中といった景色を抜けていよいよ到着したのがユングフラウヨッホ。さすがに3000メートルを超えるとそうとう空気が薄いらしく、普通に歩いているだけなのに苦しい。ちょっとでも段を上ろうものならもう息が切れてしまいます。真剣にゆっくり深呼吸を何度もして、ようやく落ち着いてきました。でも、そんな風に高いところだからこそ、展望台からの眺めも最高。キーンとはりつめた空気とスカーッと晴れた空。どこまでも続く氷河と山が、もうすぐ手のとどきそうなところに迫っています。雪に覆われた山は、スプーンですくって食べたら美味しそうなかき氷のようです。

 展望台から降りて、氷の宮殿ですっかり冷たくなった私たちは、お約束のホットチョコレートで一休みです。日本ではまだまだ暑い日が続いていたというのに、ここではトレーナーの上にウインドブレーカーを着込んであったかい飲み物にほっとしているなんて・・・。

 グリンデルワルトへの帰り道は、私たち3人組にFさんという一人参加の人も加わって、なぜか私の高校時代の話しやTさんのボランティアのお話などなどに花が咲き、すっかり仲良し気分。旅行の楽しみはこういうところにもあるんですよね。

 朝はバスで移動した駅からホテルへの道もそんなに遠くはなさそうだったので、帰りはちょっとわがままを言ってぷらぷら歩いて行くことにしました。本当は10分ちょっとくらいの距離だと思うのですが、途中での寄り道がやたらと多くて1時間くらいかかってしまったようで・・・。免税店ではあまり触手の動かない私たちですが、果物やチョコレートやチーズが並ぶスーパーに入るととたんに楽しくなってきます。お土産ではなく自分のためにブラックチェリーのジャムとシリアルを買いました。日本に帰ってこれを食べながらスイスを思い出すのが楽しみです。(そんな私はちょっとへんかしら?)

 今日の夕ご飯は自由なのでホテル近くのお店で適当に食べることにしました。(他の皆さんと別れて行きますと言ったにもかかわらず、偶然同じところになってしまったのにはいささか笑えましたが・・・)気持ちが良さそうということで座った外の席も、あっという間に訪れる夕闇とともに寒さを増して、スープ、サラダ、チーズ、ミートソーススパゲティを取り分けながら食べている内にちょっとばかり鳥肌がたってきました。  さあ、風邪を引かないうちにお部屋に帰ってシャワーでもあびましょう。

ノンちゃんスイスへ行く 【その3】

 今日はバスで1時間と少しのところにある首都のベルンへ行きます。朝から空が雲に覆われていて、天気予報も「雨」とのことでちょっと心配ではありますが、ひとまず出発です。

 スイスには有名な観光地がいろいろあるのですが、私たちが泊まっているグリンデルワルトの村も勿論そのひとつ。人口4000人ほどの村に、なんと日本人だけで年間に延べ14万人も訪れるというのですから驚きです。そんなところですから、いつまでもすばらしい景観を保つために様々な規制がかけられています。例えば、一般の建物は3階建てまで、ホテルでも5階建てまでしか認められません。民家を建て替えるときも、屋根の角度が決められ、窓枠や壁の色も4色くらいに制限されているそうです。まったく大工さんにとっては腕の見せ所のないところですね。

 そうそうそれから、魚つりをするのにも免許が必要だそうで、「お隣のピーターさんはいつまでもとれないらしいよ」なんてこともあるとかないとか・・・。日本人の私たちにはちょっと考えられないような窮屈な話ですが、なんだかそれがすてきなことにも思えるのでした。

 と、そんな話を聞きながらバスは、ややくねくねとした道を抜けて進んで行きます。途中にはアルプスの雪解け水をたたえて流れる川があり、昔ユングフラウのトンネルを掘るために作られた水力発電所があり、村の子どもたちが通う小さな学校もあります。そして、ところどころにある家には、補助暖房やチーズ作りのために使われる薪が積まれていたりもします。 アルプスの少女ハイジで、ハイジとおじいさんが山小屋に住み、やぎの乳でチーズを作っていた風景、あれに近いものがちゃんと今でも受け継がれているんですね。

 やがて、インターラーケンという、やや大きな街を抜けるとトゥーン湖が見えてきます。この湖も十分大きいのですが、やはりこの国で一番大きくて有名なのは、明日皆さんが行くレマン湖。でも、ここにもちゃんと遊覧船があって2時間10分ほどの遊覧ができるとか。そんなに長い遊覧ができる湖なんてすごいですよね。日本だったらどこまで行っちゃうんでしょう。

 さて、ここで首都ベルンについて少しお話をしておきましょう。そもそもスイスの首都がベルンだということを知らない人は意外に多いのではないでしょうか?かく言う私もこのツアーに申し込むまでは、てっきりチューリッヒが首都だと想っていました。そのベルンの名前の由来、それは9世紀のころに統治していたヘルドリッチ5世が「最初に捕まえた動物の名前を街の名前にしよう」といったところから始まります。熊、つまりベアーがなまって「ベルン」になったというのは少し苦しい気もしないでもありませんが、ともかくそのときから熊はこの地方の名前となり、同時にシンボルともなって旗にも描かれるようになったのだそうです。そして、人口僅か14万人ほどの州ながら今では国内政治の中心地となっているのです。ちなみに、チューリッヒはスイス最大の都市で金融の中心地、ジュネーブは国際都市なのだそうです。

 ベルンの旧市街はユネスコの世界遺産にも指定されている場所。まずはそこを少し高台のバラ公園から見渡そうとしたのですが、ここでいよいよ雨が本降りとなってしまいました。少しくらいなら「ぬれて行こう」ってことにもなるのですが、バスの屋根に当たる音がばたばたと聞こえるほどで、これではちょっとお手上げです。そこで、急遽、見学の順序を変えて、アーケードの中を歩くことにしました。ときおり雷が鳴ってざーっと降る雨をあちらこちらで避けながら、段差の少ないところを選んで進むのでなかなか苦労します。そんな訳で、私などはすっかりどこをどう歩いたのやら分からなくなってしまいました。

 教会が工事中だったり、からくり時計の鐘が案外あっさり終わってしまったのにはものたりなさを感じないでもありませんでしたが、国会議事堂前に店開きした市場はおもしろい物がいっぱいでもっとゆっくり見たいと想うほどでした。一山いくらという感じで売られている格安で美味しそうな果物や、奇麗なお花、不思議な形の野菜・・・、そんなものを見ていると本当に飽きませんよね。

 そんなことをしているうちに時間はもうお昼。まだあまりお腹が空いていないような気もしましたが、目の前にお料理が並ぶとついパクパク食べてしまうのが私たち。お肉に添えられていた、まるで貝のようなマカロニもすっかり奇麗に食べてしまいました。一緒に飲んだ「白いぶどうのジュース」というのも、微炭酸のさわやかな飲み物でなかなかでした。

 お腹がすっかりいっぱいになって外に出ると、ラッキーなことに雨は上がっていたので、しばしのお散歩を楽しむことにしました。旧市街の建物を背景に写真をとったり、そこここにある噴水を見て「これは噴水というより本当に水飲み場だなあ」とおもしろがったり・・・。

 一台一台車椅子を乗せる間もだまって見守っていてくれる後続車のおおらかさというかマナーの良さに感心しながら、午前中に行きそこなったバラ園へと向かいます。ここにはまさにその名の通り色とりどりのバラの花が咲いています。大きい花もあれば、とっても甘い香りのもあり、水分を補給されてみずみずしい姿を見せてくれているようでした。旧市街の眺めもしっとりとしてとても美しかった、と想います。

 今日の夕食はホテルのレストランで皆さんとご一緒に、中華風フォンデュ(シノワーゼ)なるものをいただくことになっています。少し時間もあったので、せっかくつめてきたお洋服に着替えてちょっとばかり気分を盛り上げてみました。とはいうものの、やっぱり食べ始めてしまえばパクパクと人の分まで食べてしまういじきたなさ・・・。まったくね〜〜。

 さあ、明日はオプショナルツアーに行く皆さんを見送って、小さな旅に出ることに。いい皆さんのためにも、私たちのためにも「明日天気にな〜れ」

ノンちゃんスイスへ行く 【その4】

 明日はもう帰る日だなんてやっぱり早くて悲しいなあ。そんな風に想いながら起きると、今日はどうやらお天気も良さそうです。最後の1日をおもいきり楽しむことにしましょう。レマン湖へ向かう皆さんが出発するころ、ようやくのそのそと食堂へ向かい、美味しいパンでお腹を満たして、さあ私たちも出発です。

 まずはホテルから歩いて5分くらいのところにある駅から、往復45クランの切符を買ってゴンドラに乗ります。途中に駅が3つほどあって、25分くらいでフィルストに到着です。ここからなだらかなハイキングコースを1時間ほど歩いて、バッハアルプゼー湖を目指すのです。1時間も歩くと聞くと普段むちゃくちゃ運動不足な私としてはちょっと大変そうに想うのですが、そこはやっぱりハイキング。少しはがんばらないと、です。とはいえ、実際に歩いてみると、スイスというのは人間工学にかなった作りになっていて(大げさな言い方?)、苦しくなってきたなあと想ったころに坂がゆるやかになり、単調になってきたころに急になったり、カウベルのBGMを聞かせてくれたり、かわいらしい花をたくさん見せてくれたり、もう全く距離を感じることはなかったのでした。

 すれちがう人の中に日本人の姿はほとんどなく、家族やご夫婦でのんびり歩く微笑ましい風景が広がっています。それに何より驚かされるのは、ゴミひとつ落ちていないということです。かの富士山が世界遺産に選ばれなかったのはゴミのせいだとか。それに比べてなんという違い。いったい何がこの違いを生むのでしょう?「隣の芝生は青い」「実際に暮らしてみないと本当の大変さは分からない」とはよく言われますが、やっぱり、この自然に対する畏敬の念のようなものには素晴らしさを感じずにはいられませんでした。絵葉書のように美しい湖と山々。澄み渡った空と空気。本当に来て良かった。そんな幸せをいっぱいに感じながら、再びグリンデルワルトの村へ下りました。

 ちょうどお昼も近くなったので、近くのイタリアンレストランに入ることにしました。一昨日の晩の教訓があったので、サラダやガーリックトースト、ニョッキを3人で分けて食べることにしました。ところが予想ははずれることもあるもので、いざ料理が運ばれてくると、ここのサイズはいたって常識的な物ばかり。それがあだになって、後々まるで欠食児童のようになってしまうのですが、味の方はなかなか満足で午後の英気を養うことができました。

 駅とホテルを結ぶ道路沿いにはお店も並び、ちょっとした街の様相を呈しているのですが、1本道をそれるともうそこはのどかな風景です。私たちはそこを、てくてくテクテク歩きました。坂道を下って川の側に行けば山が一段と高くそびえているのが感じられ、車も通れるかどうかの細い道を歩けば草の匂いやりんごの匂いがしてきます。そして、ふと気がつくと隣の駅・グルントまで来ていました。さすがに少し疲れて道端のベンチに腰を下ろして休んだり、街の教会を覗いたりしながらのんびり帰ってくると夕方近くになっていました。

 レマン湖から帰ってきた皆さんのうちの何人かとごいっしょに食べた中華料理の美味しかったこと。だいたいにして、海外旅行のツアーではブロイラーのように次々に食事が出てきていささか疲れるものですが、このときばかりは食事が待ち遠しくてたまらないという経験をしてしまいました。これも忘れられない思い出です。  ホテルに帰ってからもお腹がいっぱいだといいながら、偶然当たった大きなお部屋に集まり、市場で買った果物やドライブインで買ったケーキを囲み、しばし夜のふけるのも忘れて会話を楽しみました。

 やっと少 し皆さんともお話ができて名残惜しくなったところで、後ろ髪を引かれるように帰りの準備へ。今までは視覚障害者を対象にしたツアーにしか参加したことのなかった私にとっては、いろいろ考えさせられたりすることもあった今回の旅行。そんな意味でも参加できて良かった。いつかまた、このグループでどこかへ行けたら・・・いいなあと想いながら深い眠りについたのでした。

 皆さん本当にありがとうございました。 (終わり)

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