現在の位置:トップ > 目次 > ウッチャンの落書きストーリー第2回

第2話

この物語の主人公の名は、ウッチャン!中途失明の視覚障害者である。
現在は、世間と言う大学で、生活社会学を学ぶ学生なのだ。

第二話 鮫島のおねえさん

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居酒屋の暖簾のイラスト

ウッチャン、そしてその人を知っている、ウッチャンの仲間たちにとって失ってはならない人がいる。
鮫島さんと言う、元気なオバタリアンなのだ。 ウッチャンたちは、親しみをこめて、サメネェと呼んでいる。

<エピソード1>

カラオケスナック

ウッチャンたちがサメネェに誘われ何度か来たスナック、ママやマスターはもちろん、 お店の常連客とそこそこ顔なじみのスナックになっていた。
和気あいあいの中、ウッチャンがトイレに行こうと席を立つと、ママが声をかけた。
「ウッチャン、トイレ?」
ウッチャンは「ハイ」と答えた、「チョット待ってね、連れてってあげるから。」とママの声。
その会話を聞いていたサメネェがウッチャンに言った、「一人でいけるでしょ。」
ウッチャンは「なんとか行けるよ。」と答えた。
するとサメネェが、「そんじゃあ一人でいってきな。」と言った。
ウッチャン「ハーイ!」元気よく返事をしてトイレに向かった。
トイレから戻ったウッチャンに、サメネェが「なかなかやるじゃん、すこし酔ってる方がまっすぐ歩けるのが不思議だけど。」
それを聞いていた一緒に来ていた友人たちだけでなくママやマスターまでもが大爆笑。
「なんだよ、大笑いしやがって、ぐれてやる。」とウッチャンが言うと、 仲間の一人が「ぐれる前に、もう少しサケ飲んでまっすぐ歩けるようになった方がいいよ。」またまた爆笑。

冗談ですまないような会話を、平気でしながらサケを飲んでいた。
しばらくすると仲間の一人が席を立って「トイレにいって来る。」と言った。
するとサメネェが立ち上がり「ホレつかまって。」、 「エッ、俺だいじょうぶだよ。」と言う仲間を「いいからつかまれ」と言ってトイレに連れて行った。

それを見ていた、アルバイトのおねえちゃんが「さっきウッチャンにはキビシイ事言ってたのに・・・」と声をかけてきた。
ウッチャンは苦笑しながら答えた
「さっきは、お客さん少なかったし、俺たちの事知っている人だけだったからさ。でも今は、お店も混んでるし、いくらトイレに一人で行けるにしても危ないと思ったんだよ。サメネェが戻って来たら俺もトイレって言ってみようか。『なんでさっき言わなかったの、しょうがないね。』なんて言って連れてってくれるよ。試してみる?」と言った。
返事に困ったのか、何も言わないおねえちゃんだった。
そこへサメネェが戻って来た、ウッチャンはすかさず「サメネェ、俺もトイレ。」
すると「なんでさっき言わなかったの、しょうがないね。」と答えた。

<エピソード2>

居酒屋

店内に入ると、サメネェが「車イスの人もいるし、人数も多いから奥の席にしてくれる?」
すると応対にでた店員が「通路が狭いので、他のお席では?」
それを聞いたサメネェが、「車イスの人もいるから、トイレが近い方が迷惑かけないと思って言ってんの。チョット椅子動かせば通れるでしょう。」と言った後、 すこし間があって、「ハイ、どうぞ奥のお席の方へ。」と店員の声。 

店の奥へ案内され席につくと、ウッチャンが、さっき店員が返事するのに変な間があったなと思っていたら、 隣に座ったサメネェの友人がウッチャンの耳元で「サメチャン、思いっきり店員さんニラミつけたのよ。そしたらビビッチャッタみたいでさ。」 
それを聞いて、それでかぁと思ったウッチャンなのである。

全員が席につくと、サメネェが車イスで来たウッチャンの仲間の一人に言った。
「何してんの、車イス、たたまなきゃだめでしょ。通る人のじゃまになるでしょ。」
言われた本人は、「アッ、イケネエ。」と言いながら、サメネェに素直に従った。

2時間ほどで店を出ると、サメネェが、「次はカラオケ行くよ。」と言った。
みんなが止めたが無駄だった。スナックに着くと、店のおねえちゃんたちが
「アララ、サメチャンごきげんだねえ。」と言って出迎えた。
「サメチャン、連れてくるの大変だったでしょう。」と言われて、 「車イス先頭にして、視覚障害者に誘導されて歩く目明きはサメネェぐらいだよ。」と 苦笑しながらウッチャンの仲間の一人が答えた。

サメネェの話を語れば、まだまだオモシロイ話はある。年に何回か、 ライトホームだけでなく神奈川リハビリで、知り合った仲間が集まる事がある。
連絡をとると、みんなが声そろえて、「サメネェは来るの?」と聞いてくる。サメネェに会うと、みんなファンになる。
思いっきり親切でも優しいわけでもない。なぜか?ウッチャンにもわからない。

しかし、ウッチャンに強く印象づけた出来事がある。
それはまだサメネェと知り合ったばかりで、まだ鮫島さんと呼んでいたころのことである。
サメネェに誘われ、初めて飲みにいった時、店で知り合いにウッチャンを友達と言って紹介した。
しかし、その中の何人かが、「サメチャン、ボランティアしてんだ。」と返事をする。
すると、「何を聞いてるの、友達だって言っているでしょ。」と言い返した。
しばらくすると、「ここの連中は、ろくなヤツがいない、内田さん出よう。」と言って、30分ほどで店を出てしまった。

ウッチャンがどうしたのかと聞くと、
「私はね、友達だって紹介してるのに、ボランティアやってるんだなんて言ってさ、しまいには、えらいねだって、頭にきたのよ。」
「障害者を連れていると、ボランティアやってると思われるのは、しょうがないよ。」
とウッチャンが答えると、サメネェが、
「そこが気にいらないのよ。ボランティアやってる、やってないは、こっちの問題でしょ。私がボランティアやってるって言ったなら別だけど、友達だって言ってんだからさ。たしかにこの間、ボランティアみたいな事したかもしれないけど、目が見えない人や車イスの人のボランティアってどんな事するか知らないのに、ボランティアできるわけないでしょ。仲間に入れてもらって、いっしょに遊んだだけみたいなもの、すごく楽しかったからこれからもつき合っていきたいと思ったわけ。私には、新しい友達ができたと思っているのよ。」
それを聞いて「そう言ってもらえるとうれしいです。俺たちも鮫島さんと、友達みたいにつき合えたらいいなって思っていました。」と答えると、
「みたいなじゃない、友達なの。友達を友達って紹介してんのに、ボランティアだとか、えらいとか言ってんのおかしいでしょうが。」とサメネエはウッチャンに言った。
「そうですね。」としか言えなかったウッチャンだったが、世間に吹いているのは、冷たい風だけじゃないと感じていた。
その後、友達の輪が広がっていった。横須賀に戻ってからも、変わることなくサメネェとのつき合いが、続いているのは言うまでもない。

しかし、サメネェにとってあまりにも悲しい出来事が起きた。
ご主人が、亡くなったのです。それもあまりにも突然に。 
その悲報がウッチャンに届いたのは初七日が過ぎた後だった。
サメネェに電話すると、弱々しいサメネェの声、「サメネェ、おれ内田です。」
ウッチャンとわかった後、サメネェの声は言葉にならなかった。
ショックの大きさとあまりにも深い悲しみの中にいるサメネェを慰める言葉を見つける事のできないウッチャンだった。
四十九日が過ぎ、落ち着いた頃に自宅を訪ねて、御線香をあげさせてもらう事を話すのが精一杯だった。

自宅へ仲間を連れて訪ねると、サメネェを通じて知り合った人が何人かいた。
「みんな久し振りで、こんな事で会うなんて・・。」声をつまらせながら、ウッチャンたちに話しかけた。

それから一年、サメネェは、本厚木駅から少し離れた場所で小さな居酒屋を始めた。
開店祝いで、お店を訪ねると、元気になろうとがんばってきた、サメネェの声が聞こえてきた。
戸を開けると、「アッ、いらっしゃい。遠いところありがとうね、さあ入って入って、ウッチャンはそこに座って。」
「サメネェ、そこってどこ?」と聞くと「アッそうか、見えないんだったっけ。誰か教えてあげて。」とサメネェの声、
「俺たちが、視覚障害者ってこと、忘れるなよ。」とウッチャンが言うとサメネェが、そばまでやって来て、
「そんな事より、開店祝い持って来たんでしょ、チョウダイ。」
それを聞いてウッチャン「そういうの、自分から要求するもんじゃないよ。」
サメネェ「いいから、早くちょうだい。」ウッチャンは、あきれながらサメネェに、お祝いを渡した。
しかし、カラ元気でもサメネェらしさが戻ってきているようで、ウッチャンは、うれしい気持ちになっていた。

数日後、サメネェから電話があった。
「この間は、ありがとうね、たくさんの人にはげまされて、ここまでやってこれたけど友達っていいね、これからもよろしくね」。と、言ってくれた。
「オー、まかせろ」とふざけた返事をしたが、心の中ではサメネェの言葉に、うれし泣き状態だったのである。

さて、ウッチャンがサメネェに出会ったのは、一人暮らしを始めて半年ほどが過ぎた頃、タクシードライバーとお客としてだった。
厚木での生活に慣れていないため、よくタクシーを利用していた。

白杖を持っているのがめずらしいのか、障害者に興味があるのか運転手はいろいろ聞いてくる。
「失礼ですけど、目が不自由だと大変でしょう。」から始まり、「少しは見えるんですか?」と聞いてくる。
質問に答えたら最後、あれやこれやと聞いてくる。よけいなお世話だ、と怒りたくなることもしばしば。
だが、ウッチャンは冗談をまじえながら適当に答えて、会話をすることにしていた。
そんな余裕のウッチャンでも、がまんの限界にきていた言葉があった。
「私もねぇ、ボランティアってほどじゃないけど、何かお手伝いできることがあればって、思うことあるんです。」
このひと言を聞くたびに、その気がないくせにえらそうなこと言ってんじゃねぇと、はらわたが煮えくり返る思いをしていた。
いつか、えらそうなことを言う運転手を困らせてやると考えていた。
そして、ある方法を思いつき、そのチャンスを待っていた。
そんな気持ちでタクシーを利用していたウッチャンの前に現れたのが、サメネェなのである。

タクシーに乗り、行き先を告げる。
しばらくすると、「失礼ですけど、お客さん、まったく見えないんですか?」と、ワンパターンの質問をしてきた。
ウッチャンはいつものように適当に答えていた。そんな会話の中に、視覚障害者の仲間を誘っていけるようなカラオケスナックを探していると話すと、
「いい店あるよ。マスターもいい人だし、紹介しますよ。」ウッチャンは、なんだ紹介するだけかよと思っていた。
それでも「いいですね、ぜひお願いします。ただ、目が見える人がいっしょにいてくれると安心できるんですけど。
おれ、厚木に住み始めたばかりで知り合いがいないんです。マスターがいい人でも障害者が何人もやってきたら困るでしょう。」と言った。
すると、「よかったら、私がつき合いますよ。」と答えた。ウッチャンはその言葉を聞き逃さなかった。
おばさん、今言ったこと忘れんなよと思いながら、
「ほんとですか、うれしいなぁ。きょうはいい人に会えてサイコー。無理してタクシー利用してよかった!」と、少し大げさに喜ぶふりをしたのである。
そして、ウッチャンが待っていた、あのひと言も聞き逃さなかった。
目的地に近づくタクシーの中でウッチャンは、調子のいいこと言いやがって、降りるときに思い知らせてやる、と思いながら話をしていた。

タクシーが目的地に到着。ドアが開き、「お待ちどうさま」の声。
ウッチャンは、「いくらですか」と聞きながら、お金を渡さずメモ帳とボールペンを差し出した。
「カラオケの件もありますが、何かできることがあればとおっしゃってましたし、こんなに親切な人に会えるチャンスはめったにないと思ったので、ぜひ連絡先を教えてください。」と言いながら、サァ、どうする、なんて言ってごまかすか、聞いてやるから言ってみろと思っていた。

すると、差し出したメモ帳だけを受け取り、「ペンはあるからいいよ。会社の事務所のも書いとくね。ただし、友達だって言ってかけてきてね。お客さんと個人的なつき合いはだめだっていう、規則があるからね。」と言いながら電話番号を書き始めたのだ。
ウッチャンは、ほんとかよ、アリャほんとに書いてると驚いていると、「ハイ、これ。」と言いながら、メモをウッチャンに手渡した。
こうなるとウッチャンの態度は一変、おもいきり低姿勢。「すいません、失礼なことしまして。」
「なに、言ってんの、できることあればって言ったのは、私なんだから。」と答えてくれた。
そして「おれ、内田って言います。あらためてお名前を教えていただけますか?」 
「私、鮫島です。ヨロシクネ。」 
料金を支払うと、「おつりはいいです。」と言うと、「なに言ってんの、それとこれとは別。おつりを受け取らないならさっきの話はなしにするよ。」と言われ、あわてて「ハイ、すいません。」と答え、おつりを受け取った。
しかし、今思えば、サメネェのタクシーを利用して、ウッチャンがおつりはいいよと言って、受け取らなかったのはこのときだけだった気がする。

さて、その後は、いきなり大勢で行くのはまずい、まずはマスターにあいさつがてら、
サメネェに連れられて店へ行き、サメネェの都合と合うように、いつにするか話し合った。
そして、当日、カラオケスナックは、昼間の明るいうちから、視覚障害者とサメネェが連れてきた友達も含め、
総勢15名が他のお客さんを巻き込んでのドンチャン騒ぎとなったのである。
参加したウッチャンの仲間たちはよほど楽しかったのか、また来ようなどと言っていたが、
ウッチャンの中では、最初で最後だろうな、またお願いします、と言えても、またできると思わない方がいいかもしれないと、考えていた。

みんなをライトホームに送り届けた後、サメネェに今日一日のことを感謝し、お礼を言うと、「私も楽しませてもらって、ありがとうね。またみんなでパーッとやりましょう。」と言ってくれたのだ。ウッチャンにはその言葉だけでうれしく十分だった。
その後、仲間に「こんどいつやるの。」と聞かれたが、「鮫島さんの都合もあるからね、近いうちに、連絡は、とってみるよ。」と応えてはいたが、どうするか悩んでいた。

そんなとき、サメネェからの電話。
「内田さん、鮫島です。今度いつやるの?」と言われたのである。それじゃぁってことで、またまたドンチャン騒ぎとなった。
ライトホームの連中がときどきほとんどいなくなる日があって、どこかで遊んでると、
他の障害者の中で噂になるほど何回となくサメネェを中心に出かけて行くようになっていたのである。
そのうち、車イスの仲間も一人二人と参加するようになっていた。
障害者に対してのボランティアが、どんなものか知らないサメネェには、人数が増えても、どんな障害をもっているかも関係ない。
みんなで楽しめばいいだけ。困ることがあればみんなでなんとかすればいい。
たまたま自分が動くことで、なんとかなっているだけと思っているのだ。
世間では、言ってはいけない言葉を、ウッチャンたちに向けて口にする。反感を持ってサメネェを見る人もいる。
そんな人達に、ウッチャンは、「アンタ、目が見えるんだろう、サメネェのおれたちを見る目をよく見ろ。」と怒鳴ったこともある。

現実に、サメネェと出会った後も、えらそうな事を言う運転手にメモとペンを差し出しても、受け取った人はいまだ現れていない。ウッチャンだからサメネェと友だちになれたと、人は言う。
その言葉に、ウッチャンは「それは違う、サメネェだから、おれたちはともだちになれたんだ」と答える。
人をほめることより、なんでも自分を、自慢するウッチャンに、そう応えさせるだけの人、それがサメネェなのである。

ウッチャンは、この出会いの中から信じるようになった事がある。
世間に、吹いている風は、冷たい風ばかりではない、探せば、おだやかでやさしい風が吹いている場所があると。

第2回終わり