現在の位置:トップ > 目次 > ウッチャンの落書きストーリー第12回

第10話

この物語の主人公の名は、ウッチャン!中途失明の視覚障害者である。
現在は、世間と言う大学で、生活社会学を学ぶ学生なのだ。

第十話 ピカピカの一年生

新人駅員さんのイラスト

もうすぐ、四月。春うらら!寒さに耐えた冬は終わった。 ウッチャンには、楽しみにしている事がたくさんある。そんな中に、ピカピカの一年生に会えるってのがある。
社会人一年生の若者たちである。いまだキビシイ就職戦線、なんとか就職できた若者たちと、ウッチャンが出会ったら、そりゃもう、落書きストーリーのはじまりなのだ。

ところが、今年はまだ三月だと言うのに、ピカピカの一年生に出会うことができたのです。さてさて、どうなったことやら、はじまりはじまり。

久しぶりに、一人で買い物をしようとあるデパートへ。以前、よく利用していた頃の記憶をたよりに、入り口を入りインフォメーション・カウンターに向かうウッチャン。

なんとか、カウンターまでたどりつき、店内の誘導をお願いして待つこと数分。
「お客様、お待たせしました。ご案内致します。本日は、どのようなお買い物でしょうか?ご希望の売り場などありましたら、ご案内致しますが。」と、若い女性の声。 文章で、表現しなくてもわかるウッチャンの心の中。どこまでノビルか鼻の下!

さて、買い物の目的を説明、誘導されてエスカレーターの前、
「お気をつけください。」の声。「ハイ。」と返事、だがエスカレーターに乗ろうとしない。
(アリャ、もしかしてオレが乗るのを待ってんのか?)と思うウッチャン。
「アノー、普通にエスカレーターに乗ってください。そのタイミングに会わせて、乗りますから。」と話かける。
「アッ、ハイ。」の返事。
うまくはいったのだが、誘導してくれているオネェチャン。肩に力が入ってしまい、ガチガチになってしまったのです。こうなると、ウッチャンの心配は的中してしまう。
「もうすぐ、エスカレーターが、終わりますので、お気をつけください。」と、言うおねえちゃん。
(おれより、あんたなんだけどなぁ)と、思いながら「ハイ。」と返事をするウッチャン。
案の定、ウッチャンの足下を、気にするあまり、エスカレーターを降りようとした時、つまづいてしまうおねえちゃん。思わず、つかまっていた腕を、かかえるウッチャン。
「だいじょうぶですか。」とひと言。
「アッ、申し訳ございません。」の返事。
ウッチャンは、笑いながら「いいんですよ。おれの方こそ、謝らないといけない事になるとこでしたよ。」と、応えると、その言葉に、不思議そうに、ナゼ?と、尋ねてきた。

「おれを誘導中に、怪我させたら、俺が、あなたの彼氏に、あやまんなきゃいけなくなるでしょう。」と、笑うウッチャン。
ジョークがうけたのか、ホッとしたのかわからないが、ウッチャンの言葉に、小さく笑うおねえちゃんでした。
こうなると、後はウッチャンのペースとなる。行き先々の売り場で、店員を困らせるオヤジギャグの連発となるのだ。

さて、仕事とは言えウッチャンに、つき合うはめになってしまったおねえちゃん。聞いてみると、新人ではないが、案内係りになって、間もないらしい。まだ、研修中と言っていい時期で、誘導の講習は受けたが、視覚障害者自身を、誘導したのは、3〜4人ほどらしいのだ。
(マァ、仕方がないか、経験不足と言うより、誘導を指導した人間に問題がありそうだなぁ)と、思うウッチャンだった。
買い物の方は、希望していた物は買えたのだが、鼻の下を、伸ばしっぱなしのウッチャン、ムダな買い物を、ひとつふたつしてしまったようだ。

話は変わって、夕方の駅のホームでの事。電車を待つウッチャンに、若い駅員が声をかけてきた。ところがこのおにいちゃん、言葉がつまってしまい、チャンと話せないのです。
どうやら、接客の際の言葉づかいが、緊張のあまりうまくできないようなのだ。
そんなに緊張して、話さなくてもと思うのだが、一生懸命さが、そうさせるのかもしれない。
簡単に言えば、(駅員ですが、電車に乗る際、誘導して電車に乗せるから、何行きの電車に乗るか、教えてください)と、言っているのである。

しかし、これを丁寧に、言葉にしなければいけないからうまく言えないのだろう。すこし前までは、使うことのなかった言葉がたくさんあって、それを口にしないといけないのだから、今時の若者にとっては難しいのかもしれない。
そんなに堅くならなくてもと思うウッチャン。こうゆう時に、発揮されるのがウッチャン流コミュニケーション。
行き先と、自分の乗りたい電車を伝えると、
「失礼ですけど、新人の駅員さんですか?」と、尋ねるウッチャン。
「ハイ、この四月から駅員として働きます。」
「四月からなのに、ナゼ働いているの?」と聞くと、
「正式な研修は、四月からもあるのですが、その前の体験講習なんです。」と、応えてくれたおにいちゃん。
「ヘェ、たいへんだなぁ。まだ三月に入ったばかりなのにね。学校卒業したら、卒業旅行なんて言ってさ、どこか行ったりしないの?」
「エッ、ソノォ三月の後半に、予定してます。」この返事に、ウッチャンは、「ナンダァ、どっか行くんだ。おみやげは温泉まんじゅうでいいからね。」
この言葉に、苦笑するおにいちゃん。そこへ、電車がホームに入ってきて、案内放送が流れた。
「電車が到着したら、お乗せしますので、腕につかまってください。」と、おにいちゃん。
「ハイ、お願いします。」と、応えるウッチャン。そして、おにいちゃんのヒジにつかまり、言葉をつづけた。
「この駅は、よく利用するんだけど、時々、酒くさい時もあるんです。でも、いやがらず助けてくださいね。」
ウッチャンのこの言葉に大きく笑って、「わかりました。」と応えてくれたおにいちゃんでした。

ウッチャンの言葉は、まだ続く。
「この駅を利用していて、まだ、コワイって思ったことはないんです。それは、駅員さんたちの親切のおかげだといつも感謝してます。三月に入ったというのに、まだ寒い日があるらしいんで、カゼなんかひかないように、研修がんばってください。」
この言葉に、「ありがとうございます。がんばります。」と言葉を返してくれたのである。
乗せてもらった電車の中で、
(あのおにいちゃんの研修は、俺に会った事で終わったようなもんだな)と、とんでもない思いにふけるウッチャンでした。

そんな事があってから、何日か過ぎたある日の朝。
電車を降りて、改札に向かっていたウッチャンに、駅員が声をかけてきた。
「駅の者ですが、どちらに行かれますか?」この問いかけに、「改札を出ます。」と応えるウッチャン。
「それでは、改札まで誘導します。」の言葉に、「助かります。」のウッチャンの返事と同時に、腕を抱え込む駅員。思わず、駅員の腕を振り払い、「チョット待ってください。自分が、駅員さんの腕につかまらせてもらえばいいんです。」
と言うウッチャンに、「そうなんですか?」の駅員の返事。
これには、久々にキレたウッチャン。どう想像しても40代後半から50代のおじさんの声。
(オヤジ、オマエ何年駅員やってんだぁ!後で思い知らせてやるからな。」と思ったウッチャンなのだ。
それもそのはず、ほんの数日前、駅は違っても、若い駅員に声をかけてもらい、電車に乗せてもらった。決まっているとはいえ、駅員としての本番は、四月からの若者のほうが、誘導の仕方をわかっている。
仕事となれば、指導する立場となるこのオジサン。ウッチャンの小さな脳ミソで考えた。答えは、
(おにいちゃんができることが、なんでできないんだよ。いろいろ教えなきゃいけない立場だろうが。誘導の経験はないってのは認めても、やり方は知らないってのは、認めないぞ!イヤ、おれは許さねぇ)となったのです。 となれば、誘導されながらオジサンに話しかけるウッチャン。
「何日か前に、これから駅員になるっておにいちゃんに、声をかけてもらって電車に乗せてもらったんです。」
「そうですか。」の返事。
「まだ研修中だとか言ってましたけど、誘導の仕方、チャント知っていて、安心して電車に乗れました。」
この言葉に、「それは、よかったです。」のおじさんのひと言。
(なんだ、オマエわかってないな)と思ったウッチャン。
「突然、腕をかかえるようなことされると、歩きづらくなるから目が見えない者にとって、怖いことなんです。だから、まだこれから、研修があるって若い人が誘導の仕方を、覚えていてくれたのは、うれしかったですね。 まぁ、今はバリヤフリーが進んで、どこの駅の駅員さんも知っているのが当たり前らしいんですけど、本当に助かるし、いつも感謝してるんです。」何も返事のないオジサン。
(やっとわかったかぁ、愚か者めぇ!」と、心の中で叫ぶウッチャン。
改札を出ると、「ここでよろしいですか?」と、ぶっきらぼうな言い方をするおじさん。
ウッチャンは、気にすることもなく、「ハイ。忙しい時にご迷惑をおかけしました。ありがとうございました。」と、社交辞礼だが、お礼の言葉を返すウッチャン。
しかし、すかさず回れ右で歩き出したのです。

(駅員のオジサンが、おれをどう思ったのか、どんな顔つきでどんな目で見つめたのか、にらんだのかそんなことに恐れる必要はない。おれには、ツヨーイ味方が、世間にたくさんいるんだ。)と思っているウッチャンなのだ。
どこのだれなのかわからない。二度と会うことはないかもしれない。
ただ、ウッチャンの存在に、気づいてくれるやさしさと言葉をかけてくれる勇気を持った人達がたくさんいる。
そう信じる勇気を、ウッチャン自身が持ち続ければ、コワーイ世間も、強い味方となる。バリヤフリーの進歩は、若者たちの心の成長と理解があれば進んでいくだろう。

四月になれば、多くのピカピカの一年生たちに出会える。そんな一年生のピカピカの心に伝えたいものがあるのです。
そして、それを、こころにとどめて置いてほしいと願っているものが、ウッチャンの灰色の心の中にあるのです。
ナーンてね!他に目的がありそうな気がする。なんたって、ウッチャンが考えていることだからねぇ。

第12回終わり