現在の位置:トップ > 目次 > ウッチャンの落書きストーリー第21回

第16話

この物語の主人公の名は、ウッチャン!中途失明の視覚障害者である。
現在は、世間と言う大学で、生活社会学を学ぶ学生なのだ。

第十六話 スピーク イングリッシュ バイ アヤチャン

英語ペラペラアヤチャンのイラスト

昨年行われたJRPS神奈川支部主催の福祉機器展での出来事である。

ウッチャンは、日本点字図書館のブースを任され、それなりに仕事をしていた。一応、ウッチャンファミリー総出で参加、それに学生時代の友人がウッチャンのサポート役として付いていた。しかし、頼りになるのは、妹と友人の二人だけ。甥っ子は、会場を駆け回るし、オフクロさんは、展示品を説明するより、自分が感心しながらあれこれいじっているだけだった。

◆担当ブースに外国人夫婦が…

そんな中、お昼を少し過ぎた頃、甥っ子の勇気が、「お兄ちゃん、外国の人が来てるよ。」と、ウッチャンに話しかけてきた。
「ヘぇー、神奈川の機器展も有名になったもんだな。これもお兄ちゃんの力ってもんだぞ。」

笑いながら応えるウッチャンに、勇気が生意気にも突っ込んでくる。
「お兄ちゃんの力は、どうでもいいから、ここに来たらどうするの?」
「ここに来たら、ちゃんと説明するさ。それが仕事だからな。」
「できるの?」
「任せろってんだ。」

甥っ子を前に突っ張るウッチャンだったが、しかし、本音では(ここには来ないでくれぇ)と願っていたのである。だが、その願いもむなしく、夫婦らしい二人の外国人は、ウッチャンの前にやって来たのである。あせるウッチャン、隣にいる友人に小声で言う。 「オマエが聞け、大学出てんだから。」
「エッ、おれが……」とあわてるように返事が返ってきた。思わず言い返すウッチャン。
「オマエは、人より2年も3年も長く大学に通っていたんだから、英語くらいわかんだろう。」
「大学に行っていた年数は、関係ないよ。」
「なんでもいいから、オマエが聞くの。」

仕方がなく、何やら話しかける友人。それなりに会話をした後、
「奥さんが、少し目が不自由で、何か音声がでる品物を探しているんだって」と、友人がウッチャンに説明してくれた。

それを聞いて、感心しながら、
「オー!すげぇじゃんか、だてに人より長く、大学行ってねぇな。」

ウッチャンのひと言に、「年数のことは言うな」と怒る友人。それをたしなめるようにお願いするウッチャン。
「わかったよ。そんで音声が出る物ってやつは、何に使う物なのか聞いてくれる。」
「それがよくわかんないんだよ。なんか難しい言葉でさ。」

その返事にあせりながらも、(なんとかしなきゃ)と思いをめぐらすウッチャンの頭の中に、一人のおねえちゃんの名前が浮かんだのである。そばにいた妹に、「受付に行って、Mさんを探してもらって、ここに来るように頼んでこい」とひと言。友人には、「通訳できる人がいるから、待ってくれるように話してくれ」と伝えた。友人は、ホッとしたように、二人に話しかけるのだった。

◆英語堪能のアヤチャンとははたして何者?

しばらくすると、アヤチャンが登場。すぐさま外国人の二人に話しかける。テキパキと通訳するアヤチャンの問いかけに応えるウッチャン。なんとか納得してもらえたのか、ウッチャンたちのブースを離れていった二人。その場にいたウッチャンファミリーと友人、全員そろって、ホッとするように大きくため息をついたのでした。

ところで、ウッチャンが頼りにしたアヤチャンこと、Mさんというおねえちゃんとは何者なのか。もちろん、JRPSの会員でもある人なのです。そんでもって、若い女性、本物のおねえちゃんなのである。年齢は別として、どこでどうやって覚えたのかはわからないが、英語ペラペラの人なのだ。その実力は、日本で開催されたJRPS世界大会で証明ずみなのだ。準備段階から、本部理事として参加、世界各国から来日した会員はもちろん、研究者をホスト国の代表としてエスコート。通訳としても活躍。

圧巻は、世界大会で、司会進行役を務めた事。日本語でも難しい医学用語も、英語でぺらぺら。そんでもって、日本語と英語を、交えながらの司会をしたのだから、ウッチャンには、スゲェ!のひと言でした。

世界大会終了後は、自分の役目を果たしたと、本部理事から退くが、その行動力がJRPSの若い会員のための「ユースの会」の発足へと向かっていくのである。

そして、全国から集まった若者たちの1回目の会合が、機器展の開催と合わせて行われていた。誰とでも気軽に話す、人当たりの良さもあり、若者たちだけでなく、神奈川の役員からの人望も厚い人物なのである。

しかし、なぜかウッチャンのオヤジギャグには厳しく、冷たいのである。当然なことではあるが、ウッチャンはそれがくやしくて、いつかは大笑いさせてみせると、つまらない目標を掲げている。これが、アヤチャンにとって、いい迷惑なのだ。言えば言うほど相手にしてもらえないことにウッチャンが気付くのは当分先だろう。

◆外国人夫婦が展示会で得たものは…

さて、機器展も終了間近になって、ようやく会場を見学する余裕ができた。妹の誘導でひとしきり見て回り、戻ろうと受付を通った時、妹が、 「お兄ちゃん、さっきの外国人の二人、通訳してくれた人と楽しそうに話をしてるよ」と教えてくれた。「そうかぁ」としか応えなかったウッチャンだったが、(どんな話をしているんだろう)と思っていたのである。

そして、機器展も終わり、後片づけが始まった頃、偶然にもアヤチャンが近くにいるのに気づいたウッチャンはどんな話をしていたか尋ねた。

「日本に来て4年ほどで、なんと目が不自由なのはRPが原因だったとわかったそうなの。自分も同じだと話したら、むこうも驚いていた」

アヤチャンの説明に興味津々となったウッチャンが、「それで、他は?」と尋ね返すと、「うーん、後はたわいのない世間話をしただけだから」の返事。これには、(たわいのない世間話を英語でしてたのかよ)と、感心するより、驚くばかりだった。そして、ウッチャンは先ほど妹から聞いた話の続きを思い出していた。

「お兄ちゃん、あの外国の人、さっきとぜんぜん顔つきが違ってた。通訳してもらいながら話していた時は、なんかキツイ顔してたけど、今はすごくやさしい顔だったよ。奥さんの方は楽しそうに話してたし、だんなさんの方はニコニコしながら聞いてた。あの顔が本当の姿って感じで、すごくやさしい性格だろうって思ったよ。今、話をしているのを見て、さっきとは大きく違う印象を持ったね。あの二人にとって、どんな便利な物を見つけるより、それに探していた物が見つからなくても、今日は来てよかったと思ってくれるよ、きっと。言葉も通じない日本に来て、それに眼が不自由となれば、不安だらけで生活してたんだろうから、自分の国の言葉で、話せる、それも自分たちの不安な気持ちを理解してくれる人に出会えて、話ができるんだからさ、うれしくなるよね。だから、だんなさんもおだやかな顔になったんだと思うよ。あの二人の姿を見て、こうゆう展示会って、いろんな物を紹介するだけが目的じゃなくて、もうひとつあるんだなって感じたよ。うまく言えないけど」

妹の言葉に、簡単に返事ができず、黙ったままのウッチャンだった。ただ、妹の言うように、あの外国人夫婦にとって、アヤチャンとの出会いがあった今日のことは、日本での良い思い出の一つになるだろうと思うウッチャンなのでした。

最後に、後日談として、展示会終了から数日後、ウッチャンの家で、甥っ子二人から、外国人を前にオロオロしていたことを突っ込まれて、 「うるせぇ、ここは日本だぁ。日本語話せない向こうが悪い」と怒鳴るウッチャンの姿があったことを付け加えておこう。

[編集者注]

第21回終わり