18 二週間後、洋は待ちこがれてユリのアパートを訪ねた。K駅前のシェルブールのケーキを携げていた。二人は、ケーキを食べ、コーヒーを飲みながら、この二週間の間にお互いの身の上に起きた出来事をあれこれ話した。しかし、なぜかユリはいつになく口数が少なかった。そのユリが、いかにも言いにくそうに語ったのは、洋にとって意外なことだった。 「この前、田舎に帰って、お母さんに洋のこと話したの」 ユリの声は、いつもの軽やかさを失って沈んでいた。 その声を聞いただけで、洋には、親子の言葉のやり取りがわかるような気がした。いつかはユリの親にも会わなければならない。ユリが社会人としてスタートした今がいいタイミングかもしれない。そう洋は思っていた。しかし、洋はそれをユリに切り出せずにいた。 「とっても厳しいこと言われた」 そういうユリの沈んだ声を聞いたとき、洋は、いつか、 「私は私に仕える私」 と言った、ユリの自立心に満ちた言葉を思い出した。 「どんなこと言われたの?」 と洋は尋ねた。 しばらく沈黙があって、 「いいの。もういいの」 そう言って、ユリは洋に身を寄せてきた。 このとき、洋はいつになく荒々しい衝動に駆られてユリを抱いた。 「洋、私明日早いの。職場の人に会わなくちゃいけなくて、七時前に部屋を出なくちゃいけないの」 と、横たわって裸身を接しているユリが言った。 明日は日曜日だった。洋は、久々に休日をユリと一緒に過ごせると思っていた。 「そう。じゃあ、僕は帰るよ。電車はまだあるだろう」 「まだ十時だから、あると思う。遅いのにご免なさい」 洋は、思わぬ帰宅に戸惑いながら、気だるい体で身支度をした。 二人は夜の町に出た。週末の夜だったが、郊外の住宅街は、もうひっそりとして歩いている人もまばらだった。さまざまな花が咲き競う華やかな季節の夜なのに、洋の目に、町は青い街灯の光の下に冷たく沈んで見えた。 「職場の人って、誰?」 と洋が尋ねた。 ユリはしばらく黙っていた。 「就職してから、いろいろお世話になってる人」 と答えたユリの声は小さかった。 洋は、それ以上尋ねることをやめた。 夜の駅はひっそりとしていた。ユリは、洋から小銭を受け取って切符を買ってくれた。 洋が改札を通るとき、 「さよなら」 とユリが言った。 静かな夜の駅にユリの声が響いた。そのユリの声が、洋には悲哀のこもった声のように聞こえた。ついこの間まで、溌剌として、悲哀などという言葉が不似合いなユリの声だった。 帰途の車中、洋は銀河に無数の赤い粒子が飛び散るのを見た。 このページの終わりです。 |
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