現在の位置:トップ > 目次 > ウッチャンの落書きストーリー第3回

第3話

この物語の主人公の名は、ウッチャン!中途失明の視覚障害者である。
現在は、世間と言う大学で、生活社会学を学ぶ学生なのだ。

第三話 無言のやさしさ

コーヒーカップのイラスト

ライトホームでの生活も後半を、迎えていたある日。
本厚木駅周辺を、歩いていた。
多少まごつきながらも、なんとか駅前に到着、駅に隣接されているデパートの中へと入って行くウッチャン。
店内に入ると、右方向に、少し進み、立ち止まり、耳をすませると、店内放送が流れた。

左上方向から聞こえた感じがしたウッチャンは(この辺かな?)と思いながら、左へ回り込むようにして、すこし直進した。
すると、前方からエスカレーターが、動いている音が聞こえてきた。
ウッチャンは、(ナハハハ!大当たりだぜ)と、ニンマリしながら、エスカレーターに乗って、地下の食品売り場へ。

エスカレーターを降りて、すぐ左に回り込んで歩くと、左側から、登りのエスカレーターの音、そこを、またまた左に進むと、コーヒーの香りがしてきた。
コーヒー豆をひく音が、真横から聞こえてくる所で立ち止まり、「コンチワー!」と、呼びかけると、「ハーイ、いらっしゃいませ。」と、マスターの声。

ウッチャンを見て、驚いた声で、「あれ一人ですか、ボランティアさんは?」と尋ねてきた。
それに対して、「オレ、一人だよ。」と応えるウッチャン。
「またぁ、うそばっかし。」と言葉を返すマスターに、「ホントだって、そんな事より、カウンターまで連れてってよ。」
その言葉に、「アッ、そうでしたね。」と返事をしながらウッチャンを、カウンターまで、誘導するマスターだった。

イスに座り、コーヒーを注文、あいかわらず一人で来たことに、驚いているマスターに、「今は歩行訓練の途中で、訓練で歩いたコースや、ボランティアとでかけた事のある中で、一人でいける自信があるお店があれば、買い物してもいいと指導員が言ったんで、喫茶店でコーヒー飲んでいいかと尋ねたら『イイヨ』の返事をもらえた、だからマスターんとこに来たんだ」と、
ウッチャンは説明した。
それを聞いて、ようやく納得したマスターだった。

コーヒー好きのウッチャンは、数ヶ月前、ライトホームでも、コーヒーが、飲みたいと、ボランティアとコーヒーメーカーを探していた中で、立ち寄ったお店なのである。

コーヒー豆の専門店で、8人ほどが座れるカウンターがあり、コーヒースタンドにもなっているお店なのだ。
まだ単独で、出掛けることを、許されていない為、ボランティアさんを、頼んで、コーヒー豆を何度か買いにきて、コーヒーも飲んで帰るようになっていたのである。

初めて立ち寄った時、マスターの、コーヒーメーカーの使い方についての説明が、わかりやすく親切だったので、(値段よりマスターがいい!)と感じて、コーヒーメーカーを購入、かよってくるようになった店なのだ。

さてウッチャンは、ひとしきり時間を過ごすと、「バスの時間があるから帰ります。」と席を立った。
するとマスターが、「大丈夫ですか。」と、声をかけてきた。
その言葉に、「ハハハ、まかせなさい、ハハハ。」と、笑いながら応えるウッチャンだった。

しかし、心の中では、席を立った瞬間から、緊張しはじめ、カラダはガチガチ状態となっていたのだ。
なんとかデパートを出ると、バスセンターへ向かって歩き始めた。
人の流れの少ない地下道を、通って行くコースを選び、バス停に到着、ほっとしてため息をついた瞬間ウッチャンの後ろから、「スゴイ!お客さんスゴイですよ!」の声。
思わず「エッ!」と、振り返るウッチャン。

なんとそこには、マスターが立っていたのである。
驚いたウッチャンは、「どうしたのか?」と尋ねると、店を出た後、後ろ姿を、見送っていたら、なんかほっとけなくなって、後をつけてきたのだと言う。
訓練だとわかっていても、なんかあったら飛び出して行くつもりだった、しかし、ここまで、だれの力も借りず来たのを見て、思わず声をかけてしまったんだと、マスターは、ウッチャンに説明したのだ。

それを聞いて、ニガ笑いをしながら、「しょうがないなぁ、訓練だから大丈夫だと言ったのにさ、障害者を、泣かせるようなことしてさ、訴えちゃうよ。」とウッチャンは言った。
するとマスターが、「ハハハ、こまったなぁ、ハハハ!おっと、バスが来ましたよ。」と、笑いながら教えてくれた。
そして、「訓練じゃなく、ほんとうに一人で、いけるようになります。
マスター、アリガトウ。」と声をかけて、バスに乗り込んだウッチャンでした。

訓練で、外を歩くようになって数ヶ月、親切な人達に、声をかけてもらうことで、すこしづつ何かが、変わり初めていたウッチャンにとって、捨てきれずにいたこだわりが、すべて、なくなったと言うより、ぶっとんだ瞬間だったと、言ってもいいだろう。

バスに乗り、座席に座る、発車するのを待っていた数分間、(まいったなぁ、でもあんな人いるんだなぁ。)などと、想っていたら、なぜかウルウルしてきたのだ。
(なんだかなぁ、感動しちゃったかな。)と想っていたら、ウルウルなんてもんじゃない、涙があふれてきて、止まらなくなってしまったのだ。
拭いても拭いても、あふれだす、(なんだよ、ただ後をつけてきただけじゃんか、クソッタレ、ほんとに、泣かせやがって、バカヤロー!)と想えば想うほど、涙は、あふれてくる。
(ヤバイナァ、マズイヨ、鼻水まででてきちゃった。)、ウッチャンは、うつむいたまま、グスングスンしていた。
流れる涙に、負けず劣らず、鼻水も流れ出す。
ポケットからだしたハンカチで、ふくだけではおさまらず、鼻をかまなきゃいけない状態までなってしまった。
もう周りを気にしてられずに、ハンカチで、おもいきり鼻をかんだ。
子供にチーンしましょうねなんて、鼻をかませるような、かわいらしい音などでるはずもなく、凄い音がしたのだ。

(アーア、まいったなぁ。)と想っていたら、車内放送が、耳に入って来た。
なんと後わずかで、リハビリセンターについてしまう所まで、バスは来ていたのだ。
あわてるウッチャン、涙と鼻水で、グジョグジョになったハンカチを、ズボンのポケットに押し込んだ。
これがまずかった、ポケットの中まで、ぐじょぐじょになってしまい、降りる時に、出すために用意していた回数券が、ベチョベチョになってしまったのだ。
ポケットから出してみると、ベヂョベヂョな上に、丸まってしまっている。
ヤバイナァと思いながら、回数券を、すこしづつのばしていたら、うまくいかず真っ二つに切れてしまったのだ。
(アッ、やってもうた!)と想ったが、後の祭り状態、またまた、ポケットを、まさぐると、ベチョベドになった小銭が出てきた。
その中から料金分を、手に取り、あとをしまいこんだ。
(クソー、損した分、取り返してやるからな!)と思いながら、鼻を、グスングスンさせていた。

バスを降りて、ライトホームに戻ると、先回りして指導員が、ウッチャンを待っていた。
「おつかれさま。」と声をかけ、イスに座るように言った。
「ハイ。」と応えて座るウッチャン。
指導員は、訓練中の歩行について、注意点と感想を、ウッチャンに話した。
それを、うつむいたまま聞いているウッチャンだった。
サングラスをしているとは言え、泣きはらしているかもしれない顔を、見られるのが恥ずかしかったのである。

しかし、最後に、「今日は、なかなかなもんだったよ、もう一回やってみて、今回くらい歩けたら、一人で、でかけてもいいよ。」と指導員が言った。
ウッチャンは、「ほんとですか。」と、思わず顔を上げて、返事をしてしまった。
「オイオイ、喜ぶのは早いぞ、あと一回あるんだからね、それにしても内田さん、バスの中で、鼻かんでたけど、カゼでもひいてんのか?。」と言われ、あわててうつむきながら、「アッ、なんだか鼻水でちゃって、ハハハ。」と応えるのが、やっとのウッチャンだったのである。

ライトホームに、いる頃から、また、厚木での一人暮らしの数年間、コーヒーを、飲みにいくと言うより、マスターに会うために、店に、かよっていた気がする。
頼れるのは、マスターだけとか、信頼して頼めるのは、マスターだけとか言って、店を、そっちのけ状態にさせて、買い物につき合わせたり、銀行に、ついてきてもらったりした。
マスターも、負けてはいない、ウッチャンの言葉に、これでもかとツッコミを入れてくる。
それだけではすまない、ウッチャンの歩く姿を見て、「ダメダナァ、訓練を受けたんだから、もっとチャント歩かなきゃ。」と言ってくる。
それを言われるたびに、(アーア、つまんねぇ事で、感動して損したなぁ。)
などと、相変わらず、ひねくれた思いを、心でつぶやくウッチャン。

しかし、横須賀に戻って来てからの今の生活。
ライトホームや、仲間に会うために、厚木に、行く事がある時は、かならず、マスターに会いに行く。
店の人間とお客としての関係しかない。
それでも、ウッチャンにとって、長くつき合っていきたいと想う、ひとりなのである。

第3回終わり