現在の位置:トップ > 目次 > ウッチャンの落書きストーリー第20回

第15話

この物語の主人公の名は、ウッチャン!中途失明の視覚障害者である。
現在は、世間と言う大学で、生活社会学を学ぶ学生なのだ。

第十五話 ウッチャンvsおかまチャン

おかまチャンに手を握られているイラスト

ウッチャンが、厚木で一人暮らしをしていた頃の話である。
朝の通勤ラッシュも終わり、人の流れもゆるやかになり始めた頃、駅前の横断歩道に、信号が変わるのを待っているウッチャンがいた。そこへ一人の女性がウッチャンに声を掛けてきた。
「どちらにいかれますか?」
「駅に行きます。」と答えた。
「私も駅に行くので誘導しましょう。」
と答えてくれた女性に手短に誘導の仕方を説明し駅に向かった。
駅に着くまでの数百メートルの間に、お互いに新宿まで行く事がわかり、女性が「よろしければ新宿まで御一緒しましょう」と言ってくれたのでウッチャンはラッキーと思いながら「ありがとうございます。」と答えた。

券売機の前に着いた時、ウッチャンは障害者割引の説明をし、子供料金で新宿まで行けることを伝えた。
そして二人は新宿行きの電車に乗った。
ラッシュも終わっていた頃なので、二人並んで座席に座る事が出来た。
女性は「小田急もなかなか良いサービスをするのね。」と話しかけてきた。
ウッチャンは苦笑しながら交通機関の福祉サービスについて説明をした。
すると女性は、「何だ、小田急をほめて損したわ。」と笑った。
しかし、その会話がきっかけとなり、二人は世間話に花を咲かせた。

ウッチャンに声を掛けたこの女性、話し好きというよりも話し上手なのである。
ウッチャンの笑えないおやじギャグとちがい、ユーモアたっぷりの話し方なのである。
ウッチャンはその話術に引き込まれて行く自分を感じていた。
しかし今まで出会った女性とはちがう奇妙な印象を持った。
それはどこか独特な話し方にある。ウッチャンはオカマっぽい話し方をする人だなあ、まさか本物?いやそんなはずはないだろう。
そんな事を思いながら話しをしていた。

障害者と健常者が話しをすれば一つのパターンが生まれる。
それは、福祉やバリアフリーについての話しになり、そして障害を持ちながらの日常生活、障害についての質問となって行く。
ウッチャンは女性のユーモアに負けないようにギャグを連発して、質問に答えた。
二人とも話し好きなんだろう。事は差別や偏見、人権問題まで話は飛躍して行った。
そんな中、ウッチャンは、
「社会がやろうとしている事と、俺達が求めていることのずれが大きすぎる。
それでも俺達障害者は、一応福祉制度ってのが
あって守られているからいいとして、そんなもの何にもなくて、
世間とたたかっている人もいる。
例えば、ゲイっていうのかなぁ、同性愛の人達、特にゲイバーなんかで
働いているニューハーフの人達、けっこう大変だと思うんですよ。
タレントでもないのにテレビに出たりするじゃないですか。
昔のテレビだったら考えられない事だけど、今はああやってテレビに出てる。
テレビに出て自分をさらけだしている。それを見て世間の人達はニュー
ハーフの人達の偏見が少しずつ無くなっていると見るかも知れないけど、
俺は違うと思うんだな。
まだまだ無くならない自分達に対する差別や偏見とたたかうために
テレビに出てる様な所もあると思うよ。特に自分が同性愛なのにそれを隠して
生活している仲間達に同性愛であることは、恥かしい事ではないと、
メッセージを送るためにも、自分の身をさらしているんだろう。
どんな番組に出てもニューハーフの人達は面白いじゃないですか。
それを見た世間が、ゲイバーに遊びに行ったとして、お店にはお客さんが沢山
来るし、収入も増えるかもしれない。
だけどニューハーフの人達に理解を示している人達だとは言えないんじゃないかな。
テレビに出て顔を出したために余計な差別や偏見を感じるように
なってしまった人もいるような気がする。
世間が理解しようとしてることとニューハーフの人達が無くなって欲しいと思っ
ている偏見や差別とは大きなずれがあると思う。
俺達障害者だって、好きで障害者になったわけではなく、ニューハーフの
人達だって好きで同性愛者になったわけではない。
いやでも今の自分を受け入れて生きていかなければならない。
やっとの思いで前向きな気持ちになれたのに、世間は時折、
俺達に冷たい視線をおくる。
そういうのと闘って行く障害者もオカマチャン達も仲間のような気がする。」
と、話し終えると同時に、女性はウッチャンの手を握り、
「嬉しいわ。あなたの様な人に合えて本当に良かった。」
「そうですか??」
「そうよ、だって私達の気持ち分かってくれる人なんだもん。」
それを聞いたとたん、ウッチャンはのけぞった。
(ゲッ、俺の感が当たっちまった。)と思った。
「あの〜・・・。」と声を詰まらせると、女性は、
「そう、あなたが話していた仲間、ニューハーフ、オカマチャンよ、ウフッ。」と笑った。
ウッチャンは心の中で、(ウフッじゃないよ、どうするんだよ、危くないかなあ。)と思っていた。
困惑顔のウッチャンを見て、オカマチャンは、
「大丈夫、変な事しないから。」(当たり前だろう、それより握った手をはなしてくれないかなぁ)、と心の中で訴えた。
しかし、その願いもむなしく、オカマチャンはウッチャンの手を握り締めたまま、話し上手ではないオカマチャン特有の息をもつかせぬマシンガントークが始まったのである。
話の内容はともかく、ウッチャンは完全にオカマチャンのペースに乗せられ、同意を求められると、「そうですね。」と答えてしまう。
その度に、強くウッチャンの手を握り締める。
「そうでしょう、そうでしょう、分かってくれるわよね。」と、又、同意を求めてくる。

するとウッチャンは、思わずうなずいてしまう。
そうすると又、ウッチャンの手を強く握り締める。
ウッチャンは、(話しは聞くから、その手を離してくれー。)と心の中で叫び続けた。

そんな中、次は新宿だという車内放送があった。
オカマチャンはそれを聞いてやっと吾に帰ったのか、
「あら、もう新宿?何か今日は早く感じるわ。」といいながら手をはなした。
その瞬間、ウッチャンは、(助かった)と声にもならないため息をついた。

新宿に着き、ウッチャンはオカマチャンに誘導され、西口の改札を出た。
オカマチャンは、「また会えると良いわね。」と言いながらウッチャンの手を握った。
「そうですね、厚木に住んでいますから、又逢えるかもしれませんね。」と答えながら、心の中で、(その手をはなせ)と訴えていた。
「あら、いやだ、私は厚木に住んでないのよ。」
ウッチャンはホッとした。
「たまに厚木に行くのよ。やだわ。厚木にダーリンがいるのよ。余計なこと聞かないの。」
俺は何も聞いていない。
「ねぇ〜、名前を教えて。」、「あっ、うちだです。」、「うちださんですね。下の名前は?」、「さとるです。」と思わず答えてしまった。
「さとるちゃん、あら、可愛い名前ね。」
(大きなお世話だ!)と心の中で叫んだ。
「ここで別れるけど、あとは大丈夫なの?」
「ここが待ち合わせ場所なので、それに友達は目が見えるんで、俺を見つけてくれると思います。」と答えた。
「そおぉ、じゃあね。」と言ってウッチャンの前から去っていった。
かすかに聞こえるオカマチャンのハイヒールの音の方向に目をやりながらオカマチャンを見送った。
(話し方は、女性そのもの、心は完全に女性なんだろうなぁ。
だけど、力は、男そのものだよなぁ。アーア、まだつかまれたとこがイテェなぁ)
と思っていたウッチャンだった。

おかまチャンとの出会いから、しばらくは、女性に声をかけられると、(アンタ、本物か)と、思いながら、身構えてしまうウッチャンの姿があった。

あれから、もう7〜8年が過ぎた。
その後、おかまチャンとの遭遇はない。
最近は、(どっかで会えないかなぁ)と、思うことがあるウッチャンなのである。

第20回終わり