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ウッチャンの落書きストーリー第5話

この物語の主人公の名は、ウッチャン!中途失明の視覚障害者である。
現在は、世間と言う大学で、生活社会学を学ぶ学生なのだ。

第五話 雨ニモマケズ

黄色と青に紺の色のレインブーツのイラスト

ライトホーム退所後、厚木で、一人暮らしを始めたウッチャン。
週に二回、盲人用ワープロを、ライトホームに通って、教えてもらう以外は、世間と言う大学で、キャンパスライフをエンジョイしていた。
障害のある身での一人暮らし、不自由なのは覚悟の上。

そんなウッチャンの前に、現れた最初の敵は、偏見や差別でもなく、世間の冷たい風でもなく、ましてや、一人暮らしでのさびしさやこわさでもなかった。
ナント、それは、(雨)なのでした。

歩行訓練を受けたとは言え、アマチュアの視覚障害者。
ヨチヨチ歩きから、ようやく、まともに歩けるようになった子供みたいなもの。
それが、雨の中、一人歩きしているのだから大変なのである。

一人暮らしを始めたのが、五月頃、おもいきり梅雨の始まる時期だった。
そんなある日の午後、ウッチャンはライトホームで、訓練終了後、バスの時間までの間を、仲間と雑談しながら過ごしていた。

話をしていた一人が、「ウッチャン、雨がひどくなってきたよ。風もでてきたし、帰りたいへんだね、だいじょうぶ。」と心配そうに、声をかけてきた。
「おれを、だれだと想っている。ヤリでも降っているならビビリもするけどなぁ。ハハハ」と笑いながら応えるウッチャン。
しかし、心の中では、ビビッていたのだ。

「無理しないで、タクシーで、帰った方がいいよ。」と言葉を返してよこした。
それを聞いて、「無理はしないさ、タクシーなんて使わなくても帰れるっての。」と言いながら、白杖を、振りかざし、
「おれには、白杖と言う、ツエー見方があったのだぁ。」と国定忠治のマネをして、とぼけてみせた。
するとだれかが、「ヨッ!ウッチャン、日本一。」のかけ声。
それに、「オッ、アリガトサン。」と応えながら、杖を、またまた振りかざすウッチャン。

拍手と爆笑の中、職員がやって来て、
「ナンダ、ずい分盛り上がっているね、アレ、内田さん、まだいたの。」と一声。
「まだいて、悪かったねぇ。」と言い返すウッチャン。
すると、「ハハハ!まぁまぁ、そんなにおこんなくても、ジョーク!ジョークだって。それより、雨がひどくなって来てるよ。梅雨って言うより、台風だよ。カサさしても無駄ってくらい、風吹いているし、帰りは大変だよ。」
この言葉に、我に返るウッチャン、(まずいなぁ)と思いながらも、
「ハハハ、だてにライトホームに、1年半いたわけじゃないすよ。まかせなさい。」と言い返すウッチャン。
「さすがだねぇ、そう言ってもらえると、内田さんの指導に、苦労したかいがあったってもんだよ。」
これに、「アレ、おれ苦労させましたっけ。」と言い返すウッチャン。
職員は、笑いながら、「マァ、それなりにね、そんなことより、そろそろ時間じゃないのかな。」
その言葉に、またまた我に返るウッチャン。

あわてて帰り支度をして、「それではみなさん、また来週。職員に苦労かけないように、真面目に訓練にはげめよ。」と言って、廊下を歩き始めた。
その後ろ姿に、「まいごになるなよぉ。」と仲間たちの声。
いつもなら言い返すウッチャンなのだが、そんな余裕はなかったのだ。

なんとかバスに乗り、下車するバス停に到着。すぐさま傘をさしたのだが、横殴りの雨と風、体はびしょ濡れ状態となった。
それでも、烈しい横風に、飛ばされそうな傘を、必死に、握りしめ歩き出すウッチャン。
そして、車が、やっと一台通れるくらいの狭い路地へ。
狭いしデコボコの道。水たまりもできているし、道のハジのドブ板はこわれ、ポッカリと穴が空いているような個所もある。
足下を気にしながら、水たまりを、右によけ、左によけ歩いていく。
よけたつもりが、きれいに水たまりにはまってしまう、うまくよけた足が、別の水たまりに、パシャァン。
足下に気をとられ、傘が風に飛ばされそうになって、あわててしまう。
軽い難聴もあるために、傘にあたる烈しい雨音で、車がきたのに気づかず、クラクションを鳴らされ、あわててはじによるウッチャン。
タクシーで、帰ってくるべきだったと、悔やみつつ、「アッ」とか「オット」とか「アーア」と、声を連発しながら、歩いていた。

こんな状態だから、まともに帰り着くはずもなく、道を、間違えたり、行きすぎたり、今度は戻りすぎたり、はては、駐車場のような場所に、入り込んでしまい、そこから出るのに四苦八苦。
傘をさしているのに、全身びしょ濡れ、やけになったウッチャンは、(アーモウ、めんどうだぁ)と傘をたたんで、歩き出してしまったのだ。
そんなこんなで、いつもの倍以上の時間をかけて、アパートにたどり着いたウッチャンでした。

その夜は、オフロに入って、湯船につかっていても、食事をしていても、くやしさがこみ上げてきてしまっていた。
それは、障害があるからこんなめに、あってしまうんだと、言う思いではなく、雨の日に歩くと、かならず、ドジッてしまう事へのくやしさだった。
晴れた日ばかりの歩行訓練を、受けてきたわけではない。
どしゃぶりの雨の中を、何回となく歩いて、それなりにこなしてきた。
(それなのに、ナゼなんだ)と考えると、ハラがたつ。
寝酒のつもりが、(クッソー)と想えば想うほどに、焼酎に手を伸ばしてしまう。
酔っぱらってしまいながらも、今日のようにならないためにはと、考えるウッチャン。
そして、歩行訓練の指導員の言葉を、思い出し、(この方法しかないなぁ、ヨシ、決めた!)と決断したのです。

次の日から、何かを探して、駅周辺のデパートを回ったり、商店街を歩くウッチャンがいた。
何日かかけて、行けるところは、すべて行ってみたが見つからず、一人では、無理と想ったウッチャン。妹に電話をしてわけを話し、横須賀に帰って探すことにしたのである。
そして、妹だけでなく、甥っ子二人に、オフクロさん、それにウッチャン。
車で走り回った。

あっちの店、こっちの店と探したのだが、見つけられなかったのだ。
オフクロさんに、「もう、明日にしよう。」と言われ、「わかった。」とため息混じりに応えるウッチャン。
そんながっかりして、黙り込んでいるウッチャンに、「お兄ちゃん、家に帰る前に、もう一軒よってみよう、もしかしたらもしかするかも。」と、妹の言葉に、うなづくだけのウッチャン。

そして、行った先はツリ道具店、するとなんと、店先に、探していたものが置いてあったのです。
「コレコレ!コレダァ!。」と大喜びするウッチャンなのでした。
チョット前まで落ち込んでいたのが、ウソのようにはしゃぐウッチャン。
それを見て、あきれながら、「静かにしなさい、みっともないでしょう。」とオフクロさんが行った。
だが、そんなことはおかまいなし、オモチャ売り場にいる子供のように、はしゃぎながら、品定めをするウッチャン。

帰りの車の中、「必要だとは想うけど、色がハデすぎない?」
のオフクロさんの言葉に、「イイノイイノ!ハデな方がめだつから、気が付いてくれるし、アブナクナイってことだって。」と言い返す。
そして、「イヤー!頼りになる妹がいて、シヤワセってもんだ。それにしても、よく気が付いたねぇ。」と妹に尋ねるウッチャン。
「ツリに行くときのおじいちゃんのカッコを思い出して、もしかしたらって考えたのよ。」の妹の返事に、「ナルホド。」と感心するウッチャンでした。

二日ほど横須賀で過ごし、厚木にもどってから、何日か過ぎたある日の朝。
夕べから降り出した雨が、烈しさをまして、降りつづいていた。
ライトホームに、行かなければならない日、以前なら不安と憂鬱な気分で、支度をするのだが、(マッテタゼ、この日を)と想うほど余裕のウッチャン。
外に出ると、傘をさし、空を見上げて、「オレサマヲ、ナメンナヨ。」とつぶやくと、烈しく降りしきる雨の中へ。

ライトホームに到着、廊下を歩いているウッチャンに、職員が声をかけてきた。
「内田さんオハヨー。」
その声に立ち止まり、「オハヨーゴザイマース。」と応えた。
ウッチャンのそばに来て、職員が、「雨が降っているからいいけど、ハデな長靴だねぇ。」と笑いながら話しかけた。
これに、「おれ、長靴なんかはいてないよ。」と言い返すウッチャン。
「なにトボケてんの、その黄色と青に紺の色の靴、それを長靴って言わずに、なんて言うんだよ。」と言って来たのだ。
すかさず、「アッ、コレヤダナー!これは、レインブーツなの、わかんないかなぁ。」
その言葉に、あきれて笑いながら、「レインブーツ?なんだそりゃ、どう見ても、ハデな長靴にしか見えないねぇ。」
「なんだよぉ、センスのない人は、これだからこまるんだな。よく覚えておいてよ。これは、レインブーツって言うの、長靴じゃないからね。」と、
ウッチャンに言い返された職員は「ハイハイ、わかったよぉ。」とウンザリしながら応えて、立ち去っていったのです。
そう、ウッチャンが思い出した言葉とは、
「雨の日の危険から、身を守るには、雨ガッパに長靴、かっこなんか気にしない、この二つがあれば、歩くことだけに集中できる。」
と言う、アドバイスになっているのか、なってないのか、よくわからない言葉であった。
そして、アッチコッチの靴屋を、回って探していたウッチャンだったのだ。
昔なら、どこの靴屋の店先にも、置いてあったものが、どこに行っても、置いてなかったのである。

8月、9月の台風シーズンにも活躍した、チョット!ハデなウッチャンのレインブーツ。
横浜に向かう電車の中、ウッチャンの姿を見ながら、会話しているらしきおねぇちゃんのひと言、
「こんな日は、やっぱり長靴かもねぇ。」これが聞こえたウッチャン、
「愚か者メェ。これは、レインブーツだっちゅうの。」と心の中で叫んだのだ。

「なんのこっちゃ!」と想うなかれ。
視覚障害者が、(雨ニモマケズ)歩くのは大変なんです。

第5回終わり