現在の位置:トップ > 目次 > ウッチャンの落書きストーリー第6回

第6話その1

この物語の主人公の名は、ウッチャン!中途失明の視覚障害者である。
現在は、世間と言う大学で、生活社会学を学ぶ学生なのだ。

第六話 ウッチャンとかんなちゃんの看病日記(その一)

祭りのウチワと薬とコップのイラスト

阪神タイガースの18年ぶりのリーグ優勝が、今日か明日かと全国的に盛り上がっている9月のある日。
ウッチャンの家の近くにある神社も、世間に負けじと秋祭りの日の朝。
オフクロさんが妹と、孫が来るのが何時頃になるかなんて話を電話でしていた。
その会話を聞きながら、(おれも祭りに行きてぇなぁ。)と、ウッチャンは想っていた。
だが、今日は参加している障害者団体の集まりに行かなければならない。
(そういやぁ、去年も重なって、祭りに行けなかったもんなぁ。)と、あきらめながら出掛ける支度を始めていた。
ようやく話がまとまったのか話し声がしなくなった次の瞬間、
「オニーチャン、オニーチャン。」
と、ウッチャンを呼ぶオククロサンの叫ぶような声。
何事かと居間に行ってみると、急に気分が悪くなり吐き気がすると、受話器を持ったまま頭をテーブルの上にうつぶせるようにしていた。
オフクロサンは苦しそうな声で状況をウッチャンに説明した。
すると、ウッチャンはあわてるようすもなく、受話器を電話機にもどし洗面器を用意したのである。
そして、背中をさすりながら、
「まったく、いつも言っているのに、また一人だけでウマイものを食べたりすんからだ、朝、ナニ食べたんだよ。」
と、冗談まじりに聞くと、「ココアを、飲んだだけ。」と、苦しそうにオフクロサンが応えた。
それに対して、「ココア、なんでそんなもん朝から飲むんだよ、明日から朝は、ココアはダメだからな。」と、怒るようにウッチャンは言った。
苦しそうにしている親に対してなんたる言いぐさ、そしてふてくされたような態度。
だがこれには理由があった。
それはウッチャンの母親は体質なのか、神経的なものなのか、胃腸が弱く、刺激の強いものを食べると腹痛を起こしたり、嘔吐したりすることがよくあったのだ。
だからウッチャンの子供の頃、外食してもそばやうどんと言ったものしか食べないオフクロサンだった。
そして、突然気分が悪くなり寝込むこともしばしば。
理由は、血圧が異常に上がったり下がったりすることで起きていた。
これも神経的なことかららしいのだ。
とにかく、しばらく静かに横になっていればおさまってくる。
子供の頃から繰り返されてきた状況、母親が具合が悪くなった時、何をどうしたらいいのかは十分にわかっていた。
だから今回も、、甘く考えていたウッチャンだった。

しばらくすると、吐くだけ吐いたのか落ち着いてきた母親に、
「ココアだけ飲んだの。」と聞くと、「そう。」と返事。
「とにかく、飲み慣れてないものを朝から飲むんじゃないって。」と強い口調で話すウッチャン。
それを聞きながらも、「お水を持って来て。」と頼む母親の言葉に、
「わかった」と返事をして、水を取りに台所へ。
水を持ってくると、「ホレ、水。」と、手渡そうとすると、「ドコ。」の声、
「ナニ言ってんだよ、見えないのはオレの方だぜ。」と、すこし声を荒げるウッチャン。
すると、「目をあけられない、あけたらめまいがするし、頭もあげられない。」の返事に、すこしドキッとするウッチャンだった。
それでも冷静に、テーブルにコップを置くと、頭と腕、そして手渡す手の位置を手探りで確認して、コップを左手に持たせた。
手渡されたコップをなんとか口に運び、ほんのすこし飲んだ瞬間、コップを持ったまま嘔吐してしまったオフクロサン。
あわてるウッチャン。
それでもコップを手から離すと、口元に手を持っていき、どの程度嘔吐したのかを調べた。
あまり汚れていないのを確認。
フキンでテーブルをふくと、テーブルに頭を置いたままのオフクロサンに、
「このままじゃまずいから、横にならなきゃ。」と声をかけた。
すると、「ダメ、頭を動かしたら、血管がきれちゃう。」と返事をするオフクロサン。
この言葉に、あきれるのをとおりこして、母親を怒るように、
「なんだって、ふざけたこと言ってんじゃぁねぇ、このままじゃまずいし、自分がつらいだろうが。」と言って、母親の頭をかかえるようにして、その場に寝かせるウッチャン。
毛布を持ってきて、オフクロサンにかけると、あらためてテーブルの上をふいて、洗面器を洗って、タオルも用意して母親のそばに置いた。
時間にして、10分にも満たない間の出来事だった。
そして、胃の中はカラッポなのに、嘔吐をくりかえす母親の背中をさすりながら
(このままでは、いけない。救急車を呼ぶしかないか)と考え始めた。
しかし、まずは妹に知らせなければと、仕事先に電話をして状況を説明、ウッチャンの家の近くに住むいとこのお姉さんに、来て貰うように連絡する事を頼んだ。
妹は、自分も仕事を早引きさせてもらい、なるべく早く家に行くと話した。
妹との電話を切ると、(アッ、もう一つ)と思いつき、今日の集まりに参加できなくなった事を仲間に電話するウッチャンでした。

そんな中、何も知らずに甥っ子たちがやって来て、声をそろえて、「おばぁちゃん!いるぅ。」と言いながら、家に上がってきた。
おばあさんの苦しそうにしている姿を見て愕く二人、
「どうしたの?」と心配そうに、ウッチャンに聞いてきた。
「チョット、気分が悪くなって、寝ているから静かにしてあげてよ。」と応えるウッチャン。
そこへ、妹が連絡したお姉さんが来てくれたのである。
事情はわかっているのか、アイサツもそこそこに家に上がると、横になっているオフクロサンにかけより、
「おばさん、だいじょうぶ」と声をかけた。
その声に反応したオフクロサンの第一声。
「アー、お兄ちゃんが呼んだの?忙しいのに悪いねぇ。」
「おれ知らないよ。かんなが電話したんじゃないの。」と、トボケて返事をしたが、心の中では、
(クソッタレ)と怒りにも似た思いがこみ上げてきて、心の中は、(余計なことしたってのかよ、だまって寝てろっての)と、完全にキレてしまっていたウッチャンだった。

お姉さんは、ウッチャンの気持ちを察したのか、なだめるようにウッチャンに話しかけ、あらためてこれまでの状況を尋ねた。
聞き終わると、「大事になる前に、病院に行った方がいいから、救急車呼んだ方がいいよ。」と話すお姉さんの言葉に、
「今、動いたら血管が切れてしまうから、ダメ。」とオフクロサンが、横から口をはさんだ。
このひと言に、愕くお姉さん。
「ワケのわかんない事言ってさ、言うこと聞かないんだオフクロ。」と、困ったように返事をするウッチャン。

ウッチャンの母親は、思いこんでしまうと他人が勘違いや間違いを指摘してもダメ、自分自身が気づかないと納得しない人なのである。
まして元看護婦、苦しい中自分の症状を自己診断してしまっているらしく、言うことを聞かない状態になっていたのだ。
ウッチャン同様、オフクロサンの性格をわかっているお姉さんは、まずは、ウッチャンをなだめ、祭りに行きたがっている甥っ子二人にハッピを着せて、祭りに行くように言った。
こうなると、おばあさんを心配していた素振りはどこへやら、はしゃぎだしたのである。
これに、「ウルセェ!」と、八つ当たりして怒鳴るウッチャン。
すると、オフクロサンの孫をかばうひと言、もう完全に意味もなくキレてしまったウッチャンだった。
しかし、「さとる、今日はお祭りで、町内の手伝いもあって、あと少ししかいられないのよ、オマエが頼りなんだからね。」と、お姉さんに言われ、冷静さをとりもどしたウッチャン。

その後、しばらく母親のそばにいてくれたお姉さんが、帰る際、
「おねえちゃんありがとう、もう少ししたらかんなも来るだろうから、だいじょうぶだよ。」と話すと、
「居てあげられなくてゴメンネ、とにかく何かあれば、電話してね。」と返事をしてくれたお姉さんだった。
お姉さんが帰った後、母親の指示で、冷水でタオルをぬらし、首すじに当てて冷やしたり、背中をさすったりしていた。
どのくらい時間が過ぎただろうか。「おにいちゃん、ママはぁ?」と妹の声。
あまりに突然だったので、「エッ!」としか返事ができずにいたウッチャン。
気が付けば妹は、母親のそばに居て、「ママ、だいじょうぶ?」と母親に声をかけていた。
自分の言葉に、返事が帰ってきたのに安心した妹は、
「お兄ちゃん、なんで救急車呼ばないの。なんかあったらどうすんの。」とウッチャンをせめた。
だまったままのウッチャン、するとオフクロサンが力無い声ですべてを説明したのだった。
話を聞き終わると、今度は母親に怒る妹、それをなだめるウッチャン。
なだめながら、(アーア、おれと同じかぁ、兄妹だなぁ)と心の中で、苦笑いしていた。

いくら言ってもダメなのは、妹もわかっているのか、
「お兄ちゃんが言ってもダメならどうしようもないね。」と、説得するのを、簡単にあきらめる妹だった。
そして、「お兄ちゃん、たいへんだったでしょう、あとは、私が見てるから部屋で休んでていいよ。」と声をかけた。
「そうかぁ、悪いなぁ。」と返事をして自分の部屋へ。
イスに座りボーッとしていると、妹がコーヒーを入れて持ってきてくれた。
「アリガトウ。オマエ仕事の方は?」と聞くと、
「明日は元々休みの日だし、もしかしたらと想って2〜3日休めるように頼んで来たから、だいじょうぶだよ。」と応える妹。
「しかし、言うこときかないオフクロだよ。」のウッチャンの言葉に、
「人の言うこときかないのは、お兄ちゃんもいっしょ。ハハハ。」と、笑いながら話す妹に、
「ウルセェ、アンタに言われたくないねぇ、オマエも同類じゃぁ。」と言い返すウッチャン。
すると、あまりにも素直に、「そうだねぇ。」と応える妹。
「コラッ、簡単に納得すんな。」と、ツッコミ返すと「兄妹だからねぇ。」のひと言。
「そうだなぁ。」と返事をすると、「簡単に、納得すんなぁ。」の妹のツッコミ返しの言葉。
「ヘッヘ、マネすんなぁ。」とニガ笑いするウッチャン。
これに反応するように小声で笑う妹。
頼りになるかならないかは別として、そばに居ると心強いパートナーとなる。
その名は、我が妹かんなちゃん!
この兄にして、この妹あり。
まるでお笑いコントのような、ウッチャンとかんなちゃんの、まだまだ介護とは言えない、
しかし、母を看病する苦闘の日々が、この日から始まったのである。

第6回終わり