現在の位置:トップ > 目次 > ウッチャンの落書きストーリー第7回

第6話その2

この物語の主人公の名は、ウッチャン!中途失明の視覚障害者である。
現在は、世間と言う大学で、生活社会学を学ぶ学生なのだ。

第六話 ウッチャンとかんなちゃんの看病日記(その二)

往診かばんと聴診器のイラスト

オフクロサンが倒れた日の夕方。
何も知らずに仕事から帰ってきた父親に、事情を説明。愕く父親。当然、「病院へ・・。」と言ってくる。これまた事情を話すと、ため息をつきながら納得するしかない父親だったのである。
そこへ、祭りに行っていた甥っ子が楽しそうに帰って来た。ところが、深刻な顔をしている大人を見て、「ただいま。」と小声で言いながら家に上がってきた。「お祭り、おもしろかったか。」とウッチャンが聞くと、「ウン。」と小さく応えた。その時、子供でもわかるほどの重たい空気が、家中にながれていたのです。
夕食の支度をしながら、妹は子供に、夕食後にいっしょに夜店を見物に行けないと話していた。それをだまって聞いていたウッチャンは、「勇気、オマエ、元気のめんどうチャント見れるよな。」と聞くと「ウン。」と返事。「ウンじゃないだろ。」とひと言。これに、「ハイ。」と言い直す勇気。「ヨシ。」と言って、「二人でも、だいじょうぶだよ。」と妹に話すウッチャン。その言葉に、「気を付けるんだよ。」と、子供たちに話す妹。二人はホットしたのか、「ハイ。」と、そろって返事をした。早々に、食事をすませ出掛けていく甥っ子二人。つらそうにして言葉も口にできないオフクロサンなのだが、孫が出掛ける時には、「気を付けていくのよ。」と、声を二人にかけたのです。
帰って来たら来たで、「おもしろかった、いっしょに行けなくてゴメンネ。」と、話かけるオフクロサン。めまいがして目をあけられない、それどころか、何回となく嘔吐を繰り返している状態なのに、孫に対しては、こうも積極的に口を開く事ができるのはなぜだろう、と不思議に思うウッチャンでした。さて、その日の夜は遊び疲れていたのか甥っ子たちは早々に寝てしまい、9時を過ぎると、母親が寝ている居間と台所を行き来する妹の足音がするだけだった。

そして、一日が終わり、日付が変わろうとしていた時、ウッチャンの部屋では、ウッチャンと妹がこれからどうするかを、話し合っていた。

二人には、母親の身体が何が原因で悪くなったのか、どういう状態なのかわからない。ただ、脳梗塞かそれに近い状態ではないのか、だとすれば今すぐにでも病院へ、と言う考えは共通していた。そしてもう一つ、最近の医療事故の多さが気にかかり、救急車を呼ぶのはいいがとんでもない所に行かれたらどうしよう、などと想っていた。考えれば考えるほど、思いは悪い方向へいってしまう二人だったのです。そんな中二人の出した結論は、母親が信頼しているかかりつけの医院の先生に往診に来て貰うように頼んでみる事だけ。この時の二人には、それ以上の方法を思いつく力はなかったのである。

そして次の日、日曜日だと言うのに早起きの甥っ子たち。早朝から花火の音はするは、祭ばやしが聞こえてくるとなれば早起きするのも当然と言うべきだろうか。小学4年と2年の男の子、ワンパクざかり、大人の気持ちなどわかるはずもなく、だだをこねて妹をこまらせていた。ウッチャンは、二人が居ない方が静かでいい。行かせてやんなよ。」と妹に話した。「そうだね。」と応えて、「あんたたち、これから言うこと、チャント、守るんだよ。」となにやら言い聞かせて外へ送り出したのでした。そして、母親に二人で決めたことを話して納得させ、医院に電話をかけたのです。

ところがだれも出ない、「お兄ちゃん、どうする。」「どうするって、おかしいなぁ、日曜日でもやっているはずなんだけど。」とウッチャン。「お祭りだから休みにしたんじゃない?」と妹が応えた。何も言えないウッチャン。すると、「先生ントコ言ってくる、いなきゃいないで、郵便箱の中に手紙入れとく。今はそれしかない。行って来る。その間、ママみてて。」と言って、飛び出して行く妹。

そして待つこと数分、妹が戻ってきたのである。「ダメ、いない。」と、妹のひと言。「手紙は?」の問いかけに、「一応、入れといた。」。妹の力ない返事に言葉を返すことができないウッチャン。しかし、オフクロサンには強い口調で話し始めた。「今、一番つらいのはオフクロ自身なんだよ。がまんしてよくなるならがまんしてりゃいい。でもよくなってこないじゃんか。今までとは違うのは、自分が一番わかっているはず、このままでいいわけない。心配でたまらない。何がどうなってるのかもわかんない。なにをすればいいのかもわかんない。ただそばにいるだけ。それがどれだけ不安で、つらいかわかってくれてもいいだろう。子供の世話、おれやおやじの世話までして、つかれてんのに、心配で寝られない。夕べ、自分のそばにいてくれた人間の気持ちを、考えろっての。」押し黙ったままのおふくろさん。

返事のないことを、気にする事もなく、自分の部屋に行ってしまうウッチャン。

後を追いかけるように妹がやって来て、「お兄ちゃん、どうする。」との問いかけに、「連絡待ちってとこかな。それよりオフクロすこしは、水分とれてんの?」
「すこしはね、でもしばらくするとはいちゃう、はくものないのに吐き気がするのって、つらいんだよね。」と応える妹。
「それでも、水分はとらせないとな。後でつらいのは、わかってて言うこときかないんだからさ。」
「そうだけど。」の妹の言葉に、「まぁいい。ノドが乾けばイヤでも飲まなきゃなんないんだ。とにかくお昼頃まで様子をみるしかないよ。」と話すウッチャン。
「ウーン、それより、夕べママに起こされる事何回かあったけど、けっこう寝れたよ。」の話に、「ハハハ、おれもグッスリだったよ、心配でも寝たくなりゃ眠ってしまうって。心配で夜寝れないってのは、半分はウソだよ。ハハハ。」と言うウッチャン。
すると、「それで、よくあんなえらそうな事言うんだからね。」とあきれながら応える妹。
「なんだよ。どうしていいかわかんないし、心配なのはうそじゃないんだからいいじゃんか。」と言い返すウッチャン。
「ワカッタ、わかった。」と、笑いながら返事をする妹だった。

電話が鳴るたびに、先生からかと期待したが、連絡はなかったのでした。
夜になり、何度となく病院へ行こうと話すが、言うことをきかない。
明日は平常どおりの診療のはず。先生に来てもらえなかったらイヤでも救急車だと決めていたウッチャンだったのである。
そして次の日、子供たちを学校へ送りだした後、オフクロサンに、先生に来てもらえないとわかった時点で救急車を呼ぶからと、断言するウッチャン。それには、「ワカッタ。」と返事をするオフクロサン。
8時をすこし過ぎた時、医院からの電話、すぐには無理だが午後には行けるとの返事、母親の症状を説明して電話を切った妹。「先生、来てくれるって、来てくれるって。」と母親とウッチャンに話す。その声は、かすかにふるえているように感じたウッチャンだった。
そして、往診に来てくれた先生の診断は、頭位めまい症(とういめまい症)と言う病気だと説明。(めまいは、わかるけど、とういってなんだ?とういって、あのとういかな?どこか遠いとこでめまいがするのか。なんだかなぁ)と真剣に、悩むウッチャン。そして、たまたま夕べ電話があった友人から聞いていた、(めにえる)にも、「ナニ?ムニエル、なんだ料理みたいなのは。」、「アホ、ムじゃない、メだよメ。」といわれたのを、思い出していた。
先生が、「今は、無理して動かすより、クスリを使って吐き気とめまいをおさめるようにする方がいい。人それぞれだけど、起きてもだいじょうぶになるまで時間がかかる場合もある、と説明。
ウッチャンと妹は、脳梗塞のような状態ではないことだけで十分だった。
「なんで、すぐ病院へいかなかったのか?」と、先生に聞かれ、ウッチャンと妹は、母親のガンコに言うことを聞かなかったことを、先生におもいきり訴えた。すると、「無理して、何の得があるの、自分がつらいだけでしょう。」と先生の言葉。すると妹は、モット、キツーク言ってください。」と先生をけしかけるように言った。
いつもなら、まけじと何かを口にするウッチャンなのだが、頭の中は意味不明の病名でいっぱい、それと入院した方がいいと言ってくれたらなどと考えていたために、無口になってしまったのである。
(病は、気から)などと言われる事があるが、点滴注射みたいなのをしてもらっただけなのに、水分をとっても、後で吐き気を感じる様子もなくなってきていた。
「先生の顔見るだけで、オフクロにはクスリなんですよ。」と、冗談で言ったウッチャンなのだが、ほんとうにクスリになったようなのです。さて、どこか気持ちが楽になったのか、その夜には、オフクロのせいで前日のタイガース優勝をテレビで見ることができなかったのを、母親にグチルウッチャンがいた。

それを、そばで見ていた甥っ子の元気が、台所で後かたづけをしている妹に「目が見えないのに、テレビが見れなかったって、さとるにいちゃん文句言ってるよ、なんかヘン。」と、話しかけた。
「いいのいいの、ヘンなんだから。」と、応える妹。「ウッソー、ヘンなの。」と元気。
「目、見えないのに、テレビや映画がスキなのってヘンでしょう。アッ、もしかしたらほんとうは目が見えてるかもよ、みんなをだましているかもね。」と、言う妹に、「エッ、見えてんの、そう言えば時々、見えないのにナゼわかんのかなって時がある。あれって、見えてんのかなぁ。」と元気の言葉に、笑いながら、「とにかく、さとるにいちゃんは、目が見える見えないじゃなくて、ヘンなおじさんなの。」と、応える妹だった。「そうかぁ。」と納得する元気。この会話が、聞こえていたウッチャンは、「オイ、カンタンに、納得するんじゃない。」と、言葉を返す。
この光景を見ていたオフクロサンが、かすかに笑ったのに気が付くウッチャン。(これでいい。まずはこれでいいかもしれない)と想うウッチャンだったのです。

第7回終わり