おわりに

   ABS21の対面活動空間である横浜市青葉区周辺は、IT環境と経済基盤の下支えがある地域として知られています。所有関心だけでなく、生き甲斐や自己実現などの存在(生きる意味)関心によって、人と交わることを有意義に思う人たちが多いようです。当会は、志を同じくするメンバーを中心に、「共生の街づくり」を掲げ、通奏低音としての公共性 *1 を基盤として、身内以外の第三者への旺盛なケア精神で、公共空間での共生を築く試みの一端を担ってまいりました。この10年間、試行錯誤しながら、「公共哲学 *2 」を実践してきたともいえましょう。
   @人間存在の原点ともいえる、利他行為としてのケアは、見守るなかに喜びを感じ、自己実現だけでなく「相互実現」をもたらします *3。 私たちは、一方的な慈善行為や援助目的でなく、公共性のある双方向のケア活動により、こころのバリアフリーを追求してきました。
   これまで障害者は一方的に支えられ、与えられる立場になりがちでした。しかし、障害があっても誰かを支えることはできます。肢体不自由者が、視覚障害者の目の役割ができるように、自分とは違う種別の障害者を理解し、いたわりあうケア関係が築かれています。また、パソコンの技術を教え学び、HPやMLでの受発信の場を得て、コミュニケーション能力を磨きながら、障害を受容した人生の物語を共有することで、生きた知恵を学び、共感力を高め、自己成長しています。新しく障害者団体を立ち上げた人、地域のリーダーになった人、人前でパフォーマンスができるようになった人、「共生」理念の街の伝道者を自認する人がいます。人をケアし支えることにより主体的に生きる自分に自信をもち、他者の感謝の声や笑顔が生きる喜びに繋がり、充実した日々になりました。
   A私たちは、情報開示に務め、現場での対面活動を重視してきました。「共生」のコンセプトの共有過程において、様々な困難に出合いましたが、真正面から取り組んでまいりました。2000年から性別・学歴・職歴・世代・宗教・イデオロギーの差異を超えて全国的につながることのできた「ふれあいML」(参加者約80名)は、サイバー空間の理想郷で、感動的な逸話を生み出した24時間体制の試みでしたが、ルール無視による逸脱行為があり、数回の炎上を経験し、残念ながら、7年後に閉鎖したことを、記さなければなりません。文字だけのコミュニケーションの限界でした。
   しかし、対面活動は、しがらみのある世の中だけれど、「自分を解放し、ありのままの自分で居られる場」を創る努力をしてきました。日常的にMLを活用して情報を共有し、自由に言いたいことを言いあいますが、地域に根ざしているので、自分の言行への責任や誠実さが求められ、ケア精神に基づく見えないルールが存在しているようです。
   B私たちは、多様性・異質性を尊重してきました。共生の理念と実践を調和させ、どう普及していくかを課題にしてきました。実現は困難でも、理想に向かっていこうという意思を持ち続け、できることを工夫して取り掛かり、結果についてリフレクション(対話から得た気づきによる自省)をしながら、その時々のメンバーの都合や特性に合わせた人員配置を検討し、フレキシブルに「チェンジ!」しながら、活性化してきました。
   運営面では、障害の種別による利害関係の異なる人たちとも手を携え、人間として対等な関係の構築を模索しながら、対話を重視してきました。会員各自の主義信条には寛容ですが、会としては、特定の政党・宗教に、偏りません。会員は、運営委員会をオブザーブし、意見を言うことができます。お互いにケアの精神があれば、隠さずに発言する勇気をもって、対立しても安易に折り合わず、どのような相違点があるのか時間をかけて明らかにします。
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   議論の場で意見が対立したとしても、日常の場では挨拶を交わし、人間関係に影響を及ぼさないよう心掛けてきました。ITサロンのお茶タイム・意見交換会・ワークショップ(ワールド・カフェ方式)・親睦会・慰労会・ふれあいバスハイク・食事会など、様々な分かち合いの機会を通し、自分とは異なる他者の存在と「和して同ぜず」でありながら、同じ時代を同じ地域で暮らす縁ある者同士として、親密な関係を築いてきました。
   今回実施したアンケート調査結果によると、当会の活動は、組織運営上諸処に改善の余地はあるものの、全体的には、10年間の長きにわたり、ITというツールや障害者理解を切り口として他者理解を深め、ケアしあうリアルな交流の場を、会員個々人の努力の積み重ねで形成してきたことが読み取れました。
   会員の三分の二は、入会時に、知り合いはいませんでしたが、こころが癒され、ケアする・されるの相互関係による磁場のエネルギーで、障害の有無やサポートする・されるの役割に拘わらず、誰もがエンパワーした自分に気づいています。各自の長所を認めあう中で、会員の自発性や信頼感が増してきました。愛や徳というべき、対価の発生しない思いやりの無限の力により、互いに人としての価値を承認しあって、人間性が活性化されました。障害者の社会参加と自立がねらいでしたが、障害の有無に拘わらず、私自身も含め会員一人ひとりの社会教育・生涯学習バリアフリー・ボランティア養成講座のモデルでもありました。
   協働事業のパートナーとしての青葉区社協や行政機関・企業に対しては、当事者・利用者サイドの現場感覚を正しく伝えながら、課題に共に対峙する中で、緊密な連携関係が成り立っています。これらの信頼のネットーワークがソーシャル・キャピタル(社会関係資本)として、地域に蓄積されてきました。
   ワーク・ライフ・バランスが問われている昨今、アンペイドワークとペイドワークをバランスよく取り入れると、精神的に豊かなライフスタイルの実現が可能となります。経済価値優先社会の中で、傷んだ魂の休養と修復・栄養補給の場として、多元的価値のボランティア世界が存在する意味を再確認し、「汗をかく」対面活動重視のボランティア活動の推奨に寄与したいものです。
   今後は、グローカル公共哲学 *4 を軸に、ケアの精神をもって、障害者・外国人・高齢者・女性・こどもが社会の構成員として尊重される、障害者と健常者だけに限定されない広い意味での「共生配慮型多文化社会」の構築を目指し、地域でリアルな「バリアフリー・コミュニケーション」活動を勧めながら、公共性の質をさらに高めていきたいと希望しています。
   これからも一層のご支援をよろしくお願い申し上げます。



青葉バリアフリーサポート21(ABS21)      代表 三竹 眞知子 
副代表 矢野 睦男 
副代表 栗木 正壽 


 
*1.「広く社会に利害や正義を有する性質」(広辞苑第五版)
*2.「公共世界における人間と社会の関わり方について、価値の複数性を承認しながら、その内容を討論したり、考えあったりする学問」(山脇直司『社会とどうかかわるか ―公共哲学からのヒント』岩波書店、2008年、p.188。)
*3.今田高俊『自己組織性と社会』東京大学出版会、2005年、p.248。
*4.参考文献:山脇直司『グローカル公共哲学』東京大学出版会、2008年。グローカル公共哲学が理想とする規範的な「自己‐他者-公共世界」理解は、自然・文化・歴史環境によって規定されながらも、それらを他者とのコミュニケーションによって変革していくような、また、各自が根ざす「現場性」と「地域性」の相互理解を重視しつつグローバルな諸問題と取り組んでいくような応答的・生成的・多次元公共世界である。@公共性の担い手が国家だけではなく、種々の中間団体や個人一人ひとりでもあること。A個人を犠牲にする滅私奉公ではなく、活私開公という考えに立脚しなければならない。
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